Q. 私の父は、会社を立ち上げてから50年以上にわたり社長兼オーナー(株式100%所有)として会社を経営してきました。私は長男として、大学卒業後勤めていた会社を退職し父の会社を手伝ってきましたが、今でも重要な意思決定はすべて父が行っています。最近、父は医師から認知症が疑われており、重要な経営課題を相談しても的を得ない回答が返ってきたり、懇親会の席でも周囲と会話がかみ合わないことも増えてきており、今後が不安です。どのようにすればよいのでしょうか?

A. 認知症は進行性であり、かなり進行した段階では判断能力を喪失してしまい、経営権や株主権の行使ができなくなる可能性があります。また、その段階では、経営権や株式を後継者に移行していくことも困難となり、企業活動に大きな支障が出てしまうおそれがあります。そのため、お父様に早期の対策が必要なことを理解して頂き、早めの対策をとられることが有用です。


1. 認知症と判断能力

認知症は病気によって脳の神経細胞が変質したこと等で起こる症状や状態をいい、単なる老化による物忘れとは異なります。認知症になると、物事を理解する能力や判断する能力が低下し、社会生活や日常生活に支障がでてくるようになります。

認知症の中核症状としては、記憶力の低下、段取りを追う作業ができなくなる実行機能障害、日付・時間・場所等の感覚がわからなくなる失見当、失語等があり、また周辺症状として、不安感の増大、物盗られ妄想、性格変化等も伴うことがあると言われます。

認知症は様々な原因疾患を総称した呼び名にすぎず、原因疾患はおよそ70種類前後にものぼるとも言われ、その類型毎に症状も異なると言われます。判断するテストとして日本では長谷川式テストが有名です。

一方、判断能力は、自分が行おうとする行為の結果が法律上どのような意味をもっているかについて、ある程度認識することができる能力とされ、行おうとする行為や契約の複雑さ等により、個別に判断能力の有無が判断されます。

そして、判断能力の有無が微妙な状態で行った行為は、その効力が争われるなど後で問題が生じる可能性が高まります。

2. 認知症が進み判断能力が低下した場合の問題点

代表者兼オーナーの認知症が進むと様々な問題が生じます。例えば、日々の事業活動において安定的かつ適切な経営判断ができなくなる可能性があります。また、大型の設備投資や他社との提携・買収等、会社として積極的な経営を行っていくことが困難になってしまう可能性があります。

さらに、株主総会等で適切な株主権の行使ができるのかどうか、代表者の体調面等について業界内で悪い評判がながれ顧客や提携先がライバル企業に移行してしまわないかといった問題が生じる可能性もあります。

また、判断能力が失われてしまうと、成年後見人をたてなければならず、その場合には円滑な企業活動や後継者への経営権等の移行が難しくなります。

3. 対策

対策をとっていく前提として、まず何よりも現経営者兼オーナーに、後継者への経営権・株式の移行が必要なことを理解して頂くことが重要です。

判断能力が十分なうちであれば、例えば、後継者を代表取締役に昇格させて、自身は会長として対内的・対外的に後継者を監督・指導・フォローしながら、徐々に経営権を移行していくことが可能となります。

また、株式についても税金のこと等資金面も検討しながら適切な時期に徐々に後継者に移譲していくことも可能となります。これらのことは、判断能力が低下してからでは困難になる可能性が高まります。

また、経営権や株式の譲渡以外にも、最近では信託を使った方法も活用されるようになってきており、税金面でも事業承継税制の改正により使いやすくなるなど選択肢が広がっています。

4.まとめ

このように、後継者への経営権や株式の移行については、会社内部の人的関係等の対内的関係だけでなく、取引先・ライバル社等の対外的関係、相続紛争の可能性もある親族関係、税金や取引銀行等の資金面等、様々な点を考慮しながら、徐々に時間をかけて進めていく必要があります。

また、ご自身の日常生活面においても、判断能力が喪失した時のために信頼できる方との任意後見契約や死後事務委任契約の締結、遺言書の作成、不動産の整理、施設の選択、ご自身の死後に残される配偶者や子供のための対策等、様々な選択肢の中からご自身で選択していくことも可能となります。

そのため、迷われたらまずは身近な人に相談される等、早めの対策をとられることをお勧め致します。

(監修者:弁護士 小林義和

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