Q. 買掛金を振り込もうとして、間違って全く関係ない口座に振り込んでしまいました。
その後すぐに気付いて銀行に電話し、実際に支店に行って担当者にも説明しました。しかし、数日後銀行から連絡が来て、間違って振り込んだ先の口座の名義人の方が既に亡くなっており、相続人全員の同意が必要だから、全員から同意を取ってくれと言われました。
そんなことを言われても、相続人が誰だか分かりませんし、どこに住んでいるのか、何人いるのかも分かりません。間違って振り込んだのは私の落ち度ですが、何とかならないものでしょうか。
A. 近年、金融機関口座の決済がパソコンやスマートフォンでできるようになりました。金融機関の窓口に行かなくても決済できるのはとても便利ですね。
一方で、こうしたオンライン決済システムには、誤操作をしてしまうリスクも含まれています。
ジェイコム株大量誤発注事件では、初歩的な操作ミスがあったほか、システム自体の不具合があったことも問題になりました(平成27年9月に最高裁判所の判決が出ました。事件からちょうど10年経ったところです)。
御質問のケースのような誤振込みがあったときはどうすればよいでしょうか。
1. 着金前
振込先の口座に着金するまでの間は、振込手続を取り消すことができることが多いです。
2. 着金後
原則
口座名義人の承諾が必要です。承諾してくれれば、組戻しがされます。
口座名義人の承諾が得られなければ、組戻しがされませんので、口座名義人に対して不当利得返還請求訴訟を起こして勝訴判決を取り、誤振込みした口座を差し押さえなければなりません(なお、誤振込みを受けた側も、口座に入っているお金が誤振込みであることを知りつつお金を引き出してしまうのは犯罪です。詐欺罪または窃盗罪になってしまいます)。
口座名義人が死亡していたときは、その相続人全員の承諾があれば、組戻しがされます。相続人のうち1人でも承諾が得られないときは、訴訟を起こさなければなりません。
常に原則どおり?
しかしながら、口座名義人が既に死亡してから何年も経っていたり、既に活動を停止した法人や団体だったりすることもあります。
こうした口座は、たとえば10年といった長期間にわたって入金も出金も全くされていない、いわゆる休眠口座であることが多いです。
そうした口座に他から突発的にお金が振り込まれることは、そうそうあることではありません。
そうであれば、金融機関の側からみても、誤振込みであることは分かりそうなものです。このような場合も常に原則どおりの手順を踏まなければならないのでしょうか。
やはりルールは原則どおり
残念ながら、そのような場合でも、金融機関は組戻しをなければならないというルールがあるわけではありません。
誤振込先口座が休眠状態にあったという事情は、金融機関に対して特別な取扱いをするよう求める説得材料になるにすぎません。
ところで、ある裁判では、次のような判決がされたことがあります。
「誤振込をした振込依頼人の中には、たまたま受取人の所在が不明であったために、受取人から組戻しの承諾を得ることができないという者もいるはず」
「銀行に対しては、振込依頼人から受取人の所在が不明であって組戻しの承諾を得ることができない事情について相当の説明を受けた場合には・・・誤振込みの事実の有無の確認に努め、その間、受取人の預金口座に入金記帳された当該振込みに係る金員を受取人の預金とは区別して管理するなどの適当な措置をとることが望まれる。」 (東京地判平成17年9月26日判例タイムス1198号214頁)
裁判所は、金融機関は組戻しに応じる義務があるとまではさすがにいえませんでしたが、誤振込みをしてしまったと主張する人の説明をよく聞いて様子を見るくらいのことはしてもよいのではないかという提言をしたといえます。
諦める必要はありません。
私は、誤振込先の金融機関に対し、名義人が何年も前に死亡し、長年入出金の行われていなかった口座に、突然に入金が行われる原因が発生することは通常はないことに加え、裁判所が前記の提言を行ったことがあることから、組戻しに応じるべきであると述べました(なお、口座名義人は既に死亡して、その相続人が数十人にまで及んでいて、一部は外国に居住しているという事案で、訴訟を起こすことは大変な時間と労力を要することが明らかでした)。
その結果、誤振込先の金融機関は、組戻しをしてくれました。
操作ミスに注意
口座番号の入力を間違えて入力し、口座名義人を確認しなかった、振込先一覧を1行読み間違えた、同じ読み方の別の会社に振り込んでしまった(「株式会社四葉」に振り込まなければならなかったのに、間違えて「株式会社よつば」に振り込んでしまった)など、操作ミスの具体的な事例が報告されています。単純なミスですが、引き起こされる結果は非常に大きなものです。
誤振込金を元に戻すためには、大変な手間と労力がかかることもあります。ジェイコム株誤発注事件では、「61万円1株売り」とすべき注文を「1円61万株売り」とコンピュータに入力してしまったという単純ミスが原因で、みずほ証券は約400億円を超える損失を被り、東証は約107億円の損害賠償を命じられました。解決までに10年かかりました。
便利さの裏にはリスクも存在します。オンライン決済システムに限らず、操作ミスには細心の注意を払うことが肝要です。
(監修者:弁護士 小林義和)