最終更新日:2026年5月11日

監修者
よつば総合法律事務所 弁護士 加藤貴紀

ある日突然、裁判所から「労働審判手続申立書」が届いた。そのとき、担当者が真っ先に感じるのは「何から手を付ければよいのか」という困惑と焦りではないでしょうか。

労働審判は通常の訴訟とは異なり、スピードを最大の特徴とする手続きです。申立てから第1回期日まで約40日、答弁書の提出期限はそのさらに10日前という厳しい短期決戦の場です。初動を誤ると、会社の言い分が十分に伝わらないまま手続きが進みかねません。

本記事では、労働審判の仕組みと流れ、会社が主張を通すための実践的なポイントを、弁護士の視点から解説します。

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1. 労働審判とは

労働審判とは、労働者(社員・元社員)と会社との間に生じた「個別労働関係民事紛争」を、裁判所が迅速かつ適正に解決するための手続きです(労働審判法1条 )。解雇や未払い残業代、配置転換、懲戒処分など、個別の労働トラブルが広く対象となります。

なお、労働者の募集・採用段階のトラブルや、労働組合と会社の集団的紛争は対象外です。

審理を担うのは「労働審判委員会」です。裁判官(労働審判官)1名に、使用者側・労働者側それぞれの実務経験を持つ「労働審判員」2名を加えた計3名で構成されます。

法律上の権利義務を整理しながら、職場の実情に即した柔軟な解決(調停または審判)を目指す点が、この制度の大きな特徴です。

2. 労働審判と裁判の違い

労働審判と通常の民事訴訟には、主に「スピード」「非公開性」「解決の柔軟性」「費用」の4つの違いがあります。

比較項目 労働審判 通常訴訟(民事裁判)
期間 原則3回以内の期日
(約3か月で解決)
約1~2年以上
公開・非公開 非公開 公開(原則)
解決の柔軟性 高い(調停・審判で柔軟に対応) 低い(勝訴か敗訴の二択)
申立手数料
(200万円の場合)
約7500円 約15000円

解雇事件では、裁判が長引くほど「バックペイ(解雇期間中の賃金)」が累積していきます。労働審判で早期に解決できれば、その累積を大幅に抑えられるため、会社側にとっても有利に働く場面が少なくありません。

3. 労働審判の流れや期間

労働審判は非常にタイトなスケジュールで進行します。全体の流れを把握しておくことが、適切な初動対応の第一歩です。

3.1 労働審判の申立て

労働者(申立人)が管轄の地方裁判所に申立書と証拠を提出することで手続きが開始されます。申立書には申立ての趣旨・理由、事実関係などが記載されており、会社は裁判所を通じてその写しを受け取ります。

書類が届いた瞬間から、会社の「時間との戦い」が始まります。

3.2 期日指定・呼び出し

申立てが受理されると、裁判所は速やかに第1回期日を指定します。申立ての日から原則40日以内に第1回期日が設定されるため、会社に与えられる準備期間は極めて短くなります。

裁判所から「呼出状」が届いたら、すぐに社内の日程調整と弁護士への連絡を行いましょう。

3.3 答弁書の提出

会社(相手方)は、申立人の主張に対する反論をまとめた「答弁書」を作成し提出しなければなりません。提出期限は通常、第1回期日の10日前頃に設定されます。

答弁書には事実に対する認否・具体的な反論・証拠書類(乙号証)の写しを添付します。また、答弁書と証拠は申立人にも直接送付(直送)する必要があります。

この答弁書の質が、手続き全体の行方を大きく左右します。

3.4 第1回期日

第1回期日は、手続き全体の中で最も重要な場です。労働審判委員会が当事者双方から直接話を聞き(これを「審尋(しんじん)」といいます)、主要な争点を整理しながら、証拠に基づいてどちらの主張が妥当かを見極めていきます。

労働審判では「口頭主義」が採用されており、書面に加えて期日での口頭での説明が審理の中心となります。実務上、この段階から「調停(話し合い)」が試みられることも多く、審判官が双方を個別に呼び出して和解案を打診することもあります。

3.5 第2回・第3回期日

第1回で解決しない場合、第2回、第3回と期日が続きます。ただし、主張や証拠の提出は第2回期日の終了までに完了させることが原則です。

特別な事情がない限り第3回期日までに審理が終結するため、各期日でのスピーディかつ的確な対応が不可欠です。

3.6 労働審判手続きの終了

労働審判手続きの終結には、主に「調停の成立」「労働審判の言渡し」の2つがあります。また、事案が迅速な解決に適さないと委員会が判断した場合に職権で終了させる「24条決定」という例外的な方法も存在します。

3.6.1 ① 調停の成立

委員会は、審理を進める中で話し合いによる解決が見込めると判断すれば、その場で調停を働きかけます。

当事者間で合意に達すると、その内容を記載した「調停調書」が作成されます。この調書への記載によって調停が成立し、「裁判上の和解」と同一の効力を持つことになります。

調停が成立すると事件は終結し、調書に基づいて強制執行を行うことも可能ですが、実務上は多くの場合、任意に履行されています。

3.6.2 ② 労働審判の言渡し

調停による解決に至らない場合、労働審判委員会は「労働審判」を下します。審判の内容は、審理を通じて認定された当事者間の権利義務関係と、手続きの経緯を踏まえた総合判断によって決まります。

通常の判決と異なり、金銭の支払いや物の引渡しといった財産上の給付だけでなく、紛争解決のために相当と認める事項を柔軟に定めることができます。

たとえば、解雇が無効と判断される場合でも、当事者の意向や審理経過次第では、復職させるのではなく金銭補償による合意退職という形での解決が命じられるケースもあります。

告知の方法は、法律上は「審判書」の作成が原則ですが、実務では期日における口頭告知が主流となっています。審判書の送達を受けるか、または期日にて口頭で告知された日から2週間以内に異議の申立てがなければ、労働審判は確定します。確定すると、裁判上の和解(確定判決)と同じ効力を持ちます。

3.6.3 ③ 24条決定

複雑な事案など、3回の期日では解決が難しい事案に関しては、委員会の判断により審判を行わずに終わらせることがあります。これを24条決定といいます(労働審判法24条1項 )。この場合、労働審判は終了し、自動的に通常の民事訴訟へと移行します。

3.7 訴訟への移行

審判の内容に不服がある場合、当事者は2週間以内に異議を申立てることができます

適法な異議申立てがあると、労働審判はその効力を失います。この場合、労働審判の申立てをした時に裁判所に訴えを起こしたものとみなされ、自動的に通常の民事訴訟へと移行します。申立時に納めた手数料は訴訟費用に充当されます。

訴訟移行は時間・費用・労力の大幅な増加を意味するため、異議申立ては慎重に判断しなければなりません。

また、先述の「24条決定」の場合も、労働審判は終了し、自動的に通常の民事訴訟へ移行します。

4. 労働審判の解決金の相場

労働審判における解決金とは、労使トラブルを終局させるために支払う金銭のことです。解決金の水準は、事案の深刻度・当時の給与水準・理由の合理性・交渉の経緯などによって大きく異なり、一律の相場があるわけではありません。

厚生労働省が発表した統計によると、解決金全体の中央値は150万円とされていますが、あくまで目安であり、すべての事案に当てはまるものではありません。

4.1 解雇事件の解決金の相場

解雇の有効性を争う事件では、職場復帰よりも「解決金を支払って合意退職する」形での解決が多く見られます。

解決金の水準は、解雇の正当性によって大きく変わります。解雇に一定の正当性が認められる場合は月額賃金の0〜3か月分程度、解雇の正当性に争いがある場合や不当解雇と判断される可能性が高い場合は月額賃金の6〜18か月分程度となることもあります。統計上の中央値は月額賃金の4.7か月分とされています。

従業員側の請求内容としては、解雇期間中に支払われるべき賃金(バックペイ)と慰謝料が主な内訳です。嫌がらせや違法性の高い解雇など悪質性が認められる事案では、慰謝料を含めた高額の解決金となるケースもあります。

なお、審判が長引くほどバックペイは積み上がっていきます。労働審判で早期に解決することは、会社にとって金銭的負担を抑える観点からも合理的な選択といえるでしょう。

4.2 残業代事件の解決金の相場

残業代請求事件では、未払い残業代の金額が解決金の大部分を占めます。統計上の中央値は約100万円です。

ただし、個別事案により大幅に結論は異なります。給与が高かったり、残業時間が長かったりする事案だと、500万円を超える事案もあります。

解決金の額は労働基準法に基づく残業代の計算によって算出されますが、請求されている時間が「労働時間」に該当するか、固定残業代が充当されているかなど、労使間で認識が異なる点も多いため、会社側でも必ず精査しましょう。

5. 会社にとっての労働審判のメリット・デメリット

労働審判は、会社にとってメリットもデメリットの両面があります。メリット・デメリットを正確に理解したうえで対応方針を立てることが、有利な解決への近道です。

5.1 労働審判のメリット

会社側にとって労働審判が有利に働く点は、主に次の6つです。

約3か月での早期解決が可能

通常の訴訟が平均1年以上かかるのに対し、労働審判は原則3か月程度で終結します。紛争の長期化が経営者や担当者にもたらす精神的・時間的コストを大幅に抑えられる点は、見過ごせないメリットです。

バックペイの累積を抑えられる

解雇事件では、解決が長引くほど「解雇期間中の賃金(バックペイ)」が膨らみます。早期解決によってその累積を最小限に抑えられることは、会社にとって大きな経済的メリットとなります。

非公開のため情報漏洩リスクが低い

裁判は原則として公開されますが、労働審判は原則として非公開で行われます。紛争の内容や社内事情が外部に知れ渡るリスクを抑えられるため、会社のレピュテーション保護という観点でも有利な制度です。

柔軟な解決案を設計できる

判決のように「勝ちか負けか」の二択ではなく、双方が歩み寄れる現実的な解決案を模索できます。金銭解決の金額や条件など、事案の実情に合わせた柔軟な着地点を見つけやすい点も、労働審判ならではの特徴です。

使用者側審判員が経営実態を理解してくれる

労働審判員の一方は使用者側の経験を持つ実務家が務めます。業界の慣行や経営上の事情を踏まえた審理が期待できるため、会社側の主張が伝わりやすい環境が整っています。

労働者側にも一定の譲歩が期待できる場面がある

早期解決を優先したい労働者側が、満額請求にこだわらず譲歩するケースもあります。裁判に比べ、双方が現実的な落としどころを見つけやすい手続きといえます。

5.2 労働審判のデメリット

一方で、会社側が対応にあたって注意すべき点も複数あります。

準備期間が短い

申立書が届いてから答弁書の提出期限まで、実質的に1か月もありません。この短期間に事実関係の確認・証拠収集・法的反論の構成・書面作成をすべてこなさなければならず、会社単独での対応は現実的に非常に困難です。

弁護士費用の負担が生じる

代理人弁護士への着手金・報酬金が発生します。ただし、裁判に移行した場合と比べれば、短期間で終結する分、トータルの費用は低く抑えられる傾向があります。

合意不成立の場合は訴訟へ移行するリスクがある

双方が合意に至らず、審判にも異議が出た場合は通常訴訟に移行します。その場合、労働審判での準備に加えてその後の訴訟対応も必要となり、時間・費用・労力が一気に増大します。

答弁書の質が結果を大きく左右する

労働審判では第1回期日が最も重要であり、その前提となる答弁書の質が手続き全体の流れを決定づけます。内容が不十分であれば、会社側の正当な主張が審判委員会に届かないまま手続きが進んでしまいかねません。

6. 労働審判を申立てされた場合のポイント

ここからは、労働審判で会社の言い分をしっかりと審判委員会に届け、有利な解決へとつなげるための実践的ポイントを解説します。

6.1 日程を確認して出席者を決める

第1回期日は裁判所が指定するものであり、基本的に変更できません。書類が届いたらまず期日を確認し、社内の日程調整を早急に行いましょう。

出席者の選定も重要です。労働審判委員会は当事者から直接話を聞くことを重視するため、現場の実態を具体的に説明できる人物(直属の上司・人事担当者・役員など)の出席が必要です。

6.2 答弁書の提出期限を厳守する

答弁書は会社側の主張をすべて盛り込む最重要書類です。第1回期日の10日前ころという提出期限を厳守しなければなりません。期限後の追加主張は認められないリスクがあることを念頭に置いておきましょう。

弁護士への依頼が遅れるほど答弁書の作成にかけられる時間は短くなり、必然的に完成度も低下してしまうことがあります。書類が届いたその日のうちに弁護士へ連絡することをおすすめします。

6.3 主張したいことは答弁書に入れる

労働審判では第2回期日が終了するまでに主張を出し切ることが原則です。第1回期日前に提出する答弁書の時点で会社側の言い分をほぼ網羅しておく必要があります。

紛争に至るまでの経緯・当事者間で行われた話し合いの内容・業界慣行や経営実態に関する説明などは、委員会が「職場の実情」を判断する上で重要な情報となります。積極的に盛り込みましょう。

6.4 裏付けとなる証拠を提出する

労働事件における証拠の多くは会社側が保有しています。就業規則やタイムカード、賃金台帳、業務日報、指導記録、メールのやり取り、人事評価書類などが代表例です。

自社に有利な証拠はもちろん、不利と思われる証拠も隠さずに提出することが重要です。後から不利な証拠が出てくると、委員会の信頼を大きく損なう結果となりかねません。

6.5 裁判所を「味方」にする努力をする

労働審判員は中立・公平な立場であり、雇用実態や労使慣行に豊富な知識を持っています。

感情的な反論や申立人への批判に終始するのではなく、客観的な事実に基づいて誠実かつ論理的に説明することが、委員会の理解と納得を得る近道です。

また、会社の担当者が自らの言葉で事情を説明できるよう、弁護士と事前に十分な準備を行っておくことも欠かせません。

6.6 「合意するライン」を事前に決めておく

労働審判では、期日の場で突然「和解案」が提示されることがあります。その場で慌てて判断することのないよう、「最大いくらまでなら解決金として支払えるか」「どのような条件なら合意に応じるか」というラインを、事前に社内で検討・共有しておくことが不可欠です。

弁護士と事前にシミュレーションを行い、判断の軸をしっかり持って期日に臨みましょう。

6.7 早期に弁護士に相談・依頼する

今までのポイントすべてに共通するのが「早期の弁護士への相談・依頼」です。

労働審判は極めて短い期間に膨大な書面作成と主張立証を行う必要があります。社内で完結することは難しいため、多くのケースで会社側は弁護士を代理人として選任しています。

初動の遅れが取り返しのつかない結果を招くことも少なくありません。裁判所から書類が届いたその日にでも、弁護士に相談されることをおすすめします。

7. よつば総合法律事務所の労働審判の解決事例

よつば総合法律事務所には豊富な労働審判の解決事例があります。以下一部をご紹介いたします。

8. まとめ:悩んだら弁護士に相談

労働審判は、正しく対応すれば紛争の「早期解決」という大きなメリットを享受できる手続きです。一方で、準備期間の短さとスピードの速さが、会社側にとって最大のハードルとなるのも事実です。

短期間での主張整理、証拠収集、答弁書の作成、そして期日での口頭説明。これらすべてを会社単独で適切にこなすのは、現実的に非常に困難といわざるを得ません。

もし労働審判を申立てられ、どう対応すればよいかお悩みであれば、まずは労働問題に強い弁護士へのご相談をおすすめします。

よつば総合法律事務所では、企業の労働問題に関するご相談を承っております。初回相談は無料です。書類が届いたその日にでも、お気軽にご連絡ください。

監修者
よつば総合法律事務所 弁護士 加藤貴紀

名古屋事務所所長。中小企業法務全般やM&A、事業承継などのご相談も承っています。社長が本業に集中できるように徹底してサポートします。愛知県弁護士会所属(登録番号52907)。

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