突然、裁判所から「賃金仮払い仮処分の申立書」が届いたら、企業の担当者としては驚きと不安を感じるのが当然です。

「どう対応すればいいのか」

「本当にお金を払わなければならないのか」

「従業員との関係をどうすればいいのか」

こうした疑問や悩みを抱えるのは珍しいことではありません。

賃金仮払い仮処分とは、労働者が裁判所に申し立てることで、正式な裁判が終わる前に、企業に対して仮に賃金を支払わせる手続です。

仮の措置とはいえ、企業側に実際の支払い義務が生じるうえ、判断までのスピードも早いため、対応を間違えると大きな負担を背負うことになりかねません。

本記事では、賃金仮払い仮処分の基本知識から、企業側の対応方法、反論のポイント、そして弁護士に相談すべき理由までを、わかりやすく丁寧に解説します。

予期せぬ労使トラブルにも冷静に対応できるよう、ぜひ最後までご覧ください。

お問い合わせはこちら

1. 賃金仮払い仮処分とは?

賃金仮払い仮処分とは、労働者と使用者との間で解雇の有効性などをめぐる法的紛争が継続している間、労働者の生活を保護するために、裁判所が企業に対し、一時的に賃金の支払いを命じる手続のことです。

解雇に関するトラブルが発生すると、多くの場合、労働者が「解雇は無効である」と主張し、裁判で争うことになります。

しかし、裁判には時間がかかるため、その間に収入を断たれた労働者の生活が困窮するおそれがあります。

こうした事態を防ぐために設けられているのが、この「賃金仮払い仮処分」の制度です。

正式な判決が出る前の段階でも、労働者の生活を守る必要があると裁判所が判断した場合に、企業に対して一定額の支払いを命じることができます。

あくまで一時的・暫定的な措置ではありますが、労働者にとっては生活の支えとなる重要な制度です。

また、企業側にとっても、将来的なリスクを踏まえた慎重な対応が求められる場面となります。

1.1 仮処分とは?

仮処分とは、「裁判の結論が出るまでに深刻な不利益を受けてしまうおそれがある場合」に、裁判所に対して暫定的な救済措置を求める制度です。

たとえば、労働者が解雇の無効を争って裁判を起こしたとしても、判決が出るまでの間、企業側には賃金を支払う義務が発生しません。

しかし、労働者にとっては収入が途絶えることになり、生活に大きな支障をきたす可能性があります。

このような状況で、裁判所に対し「本格的な判断が出るまでの間だけでも、一定の保護をしてほしい」と求めるのが仮処分の申し立てです。

解雇された労働者が申し立てる仮処分には、主に2つの種類があります。ひとつは「地位保全の仮処分」と呼ばれるもので、「引き続き社員としての地位があることを認めてほしい」という請求を行うものです。

もうひとつが、今回のテーマである「賃金仮払いの仮処分」で、「判決が出るまでの間、一定の賃金を支払ってほしい」という請求を行います。

多くのケースでは、労働者の安定した生活を確保するため、この2つの仮処分が併せて申し立てられることが一般的です。

1.2 賃金仮払い仮処分とは?

賃金仮払い仮処分とは、裁判の結論が出る前の段階でも、労働者の生活を守るために企業に対して一定額の賃金支払いを命じる制度です。

主に、労働者が「解雇は無効である」と主張しているようなケースで申し立てられます。

正式な裁判(本訴)の判決が確定するまでには通常長期間を要しますが、その間に労働者の収入が絶たれてしまうと、生活に深刻な影響が及ぶおそれがあります。

そのような場合に、労働者は「少なくとも判決が出るまでの間、生活費相当の賃金を仮に支払ってほしい」と裁判所に求めることができ、裁判所が認めれば企業に対して仮払いが命じられます。

注意すべきなのは、この仮処分が認められたからといって、企業の解雇が違法であると確定的に判断されたわけではないという点です。

あくまで、生活保障を目的とした一時的かつ暫定的な措置にすぎません。もっとも、企業側としては、仮払い命令が出た時点で賃金を実際に支払う義務が通常は発生します。

そして、たとえ最終的に解雇が有効と判断されても、支払済みの仮払金を労働者から回収することは、現実には非常に難しいのが実情です。

そのため、企業の担当者としては、仮処分の申立書を受け取った段階で事実関係を正確に把握し、反論の可否や対応方針を早急に検討することが不可欠です。

特に対応を誤ると早期に支払義務が生じるため、専門家である弁護士と連携しながら慎重に対応することが重要です。

2. 賃金仮払い仮処分の要件

賃金仮払い仮処分が認められるには、法律上の決まった条件(=要件)を満たしている必要があります。

具体的には、次の2つがポイントになります。

1つ目は「被保全権利」です。2つ目は「保全の必要性」です。

仮の判断であるため、上記2点について、裁判所が「一応確からしい」と思える程度の証明(これを「疎明」といいます)があれば足ります。

2.1 被保全権利

賃金仮払いの仮処分を申し立てられた場合、まず裁判所が確認するのは、「労働者に本当に賃金を受け取る権利があるのかどうか」です。これを法律上は「被保全権利」と呼びます。

企業として注意すべきなのは、この「被保全権利」があるかどうかが、仮処分の可否を左右する大前提だということです。

たとえば、労働者が「解雇は無効だ」と主張している場合、「解雇が無効なら、今も労働契約は続いており、給与を受け取る権利もある」というロジックで、仮払いを求めてくることがあります。

ただし、ここで重要なのは、誰が見ても解雇が明らかに正当であるような場合、労働契約はすでに終了していると考えられ、仮処分は認められない可能性が高いという点です。

たとえば、重大な非違行為に関する証拠が十分揃っており、解雇が妥当と判断されるケースなどが該当します。

仮処分はスピード感のある手続です。提出書類やタイミングを誤ると、裁判所に実態を正確に理解してもらえず、仮払い命令が出されるリスクもあります。

申し立てがあった場合は、速やかに体制を整え、法的見解と証拠をもとに適切な主張を行う必要があります。

2.2 保全の必要性

保全の必要性とは、「今すぐ賃金を支払わなければ、労働者の生活に重大な支障が生じるおそれがあるかどうか」を判断する条件です。

賃金仮払い仮処分が認められるためには、単に「給与が支払われていない」という事実だけでは足りません。

法律上は、申立人である労働者が「著しい損害」または「急迫の危険」避けるために仮処分が必要であることが要件とされています。

企業側として注目すべき点は、この判断が一律ではなく、労働者一人ひとりの生活状況に応じて個別に行われるという点です。

たとえば、次のような事情が総合的に考慮されます。

  • 現時点での預貯金の額
  • 他に収入源があるか(副業、年金、家族の収入など)
  • 扶養家族の有無や生活費の負担状況
  • 家賃、住宅ローン、公共料金など定期的な支出の内容と金額

こうした要素をふまえたうえで、裁判所が「このまま収入がなければ深刻な生活への影響がある」と判断した場合に、保全の必要性があると認められます。

つまり、「誰にとっても困る状況」ではなく、「この人にとって特に切迫した事情があるか」が問われるという点に注意が必要です。

3. 賃金仮払い仮処分が認められた場合の金額や期間

賃金仮払い仮処分を裁判所が認めた場合、どれくらいの金額を、どの期間にわたって支払うことになるのかが問題になります。

仮処分は、あくまでも「一時的な対応」のため、必ずしも全額の支払いが認められるわけではありません。

また、いつまでも続けられるわけでもないため、金額にも期間にも制限があります。

3.1 金額

仮払いとして認められる金額は、「これまでの給与の満額」とは限りません。一般的には、労働者やその家族が生活を続けるために最低限必要な額にとどまります。

たとえば、住宅ローンの支払いや子どもの学費など、生活に欠かせない出費があるかどうかがポイントになります。

労働者の収入状況や貯金、家計の支出などをふまえて、裁判所が個別に判断します。

また、仮払いは一時的な支援であり、のちに裁判(本案訴訟)で解雇が有効と判断された場合でも、企業が支払った仮払金を労働者から返してもらうのは事実上難しいケースが多いです。

そのため、企業側のリスクにも配慮して、必要最小限の金額になることが一般的です。

3.2 期間

賃金仮払いの仮処分が認められたとしても、無期限に賃金を支払い続けなければならないわけではありません。

通常は、次のいずれかのタイミングまでが多いです。

  • 裁判(本案訴訟)の第一審判決が出るまで
  • 仮処分決定(または解雇日)から1年間

このように期限があるのは、仮処分があくまでも「暫定的な救済策」にすぎないからです。

また、労働者が再就職する可能性や、仮払金の返還を受けることが事実上厳しいにもかかわらず、企業側が仮払いを続ける負担も考慮されています。

さらに、申立てをした時点より前の未払い分については、基本的に仮処分の対象外です。

なぜなら、その時点まではなんとか生活できていたと判断されることが多いためです。

4. 手続きの流れ

賃金仮払いの仮処分は、正式な裁判とは違ってスピード重視の手続きです。

申し立てがあると、裁判所は早めに手続きを進めていきます。

企業としても、準備に時間をかけられないため、迅速な対応が求められます。

まず、労働者側が賃金仮払いの仮処分を申し立てると、裁判所は数週間以内に「審尋期日」という話し合いの場を設けます。

これは、裁判官が企業(=債務者)と労働者(=申立人)の両方の話を直接聞く場です。

審尋は1回だけで終わることもありますが、内容によって2回〜4回ほど開かれます。審尋は、およそ2〜3週間ごとの間隔で行われます。

この審尋を通じて、裁判官は「本当に仮に賃金を払う必要があるのか」を判断します。

そして、必要と認められれば、仮処分の「決定」が出されます。

つまり、「一時的に企業が一定額の賃金を労働者に支払わなければならない」という命令が出されるわけです。

ただし、必ずしも裁判所が命令を出すとは限りません。審尋の中で、裁判官が「お互いに歩み寄って和解したらどうか」と提案される場合も多いです。

話し合いで合意ができれば、仮処分の手続はそこで終了します。

5. 保全命令への異議申し立て方法

企業が「賃金仮払いの仮処分」を申し立てられ、それが裁判所に認められた場合、「保全命令」という形で金銭の支払いを求められることになります。

しかし、その決定に納得できないときは、企業側(=債務者)も異議を申し立てることができます。

具体的には、保全異議の申立てと保全取消しの申立てという2つの方法があります。

5.1 保全異議の申立て

「保全異議」とは、「最初の判断は正しくなかったのでは?」と裁判所に再検討を求める手続きです。

たとえば、次のような理由があるときに申し立てます。

  • 労働者に支払うべき賃金の権利(被保全権利)がない
  • 仮処分の必要性がない
  • 命令で決められた金額が高すぎる

この申立ては、保全命令を出したのと同じ裁判所に行います。

法律上は保全異議の申立てに明確な期間制限はありませんが、実務上は仮処分決定後、相当の期間内に行うことが望ましいとされています。

ただし、保全異議を申し立てても、そのままでは仮処分の「効力(執行)」は止まりません。

支払いを一時ストップさせたい場合は、別に「執行停止の申立て」をしなければなりません。

この執行停止は、認められにくいのが実情です。

5.2 保全取消しの申立て

もう一つの方法が「保全取消し」です。

こちらは「最初の判断そのものに問題がある」というより、「その後の事情が変わった」ことなどを主な理由として、仮処分の取消しを求めるものです。

具体的には、次のようなケースで使います。

  • 企業の申し立てにより、裁判所が労働者に対して一定期間内に裁判(本案訴訟)を起こすよう求めたにもかかわらず、労働者側が対応しなかったこと
  • 労働者の生活状況が変わって、賃金を仮に支払う必要がなくなった(たとえば、すでに別の企業に就職して給料をもらっている場合など)
  • 仮処分がこのまま続くと、企業が取り返しのつかない損害を受ける恐れがある

保全取消しも、命令を出した裁判所に申し立てます。

ただし、こちらもやはり、保全命令を止めたい場合は、別途「執行停止の申立て」が必要です。

なお、保全異議または保全取消しの決定に不服がある場合は、一定の期間内に「保全抗告」という形でさらに上の裁判所に申し立てることもできます。

6. 企業側の反論のポイント

労働者から「賃金仮払いの仮処分」を申し立てられた場合、企業がその支払いを避けたいのであれば、早い段階からしっかりと反論を準備することが大切です。

ただ「払いたくない」と言うだけでは通用しません。裁判所に対して、具体的な理由や証拠を示す必要があります。

ここでは、企業が主張できる代表的な反論ポイントをいくつか紹介します。

6.1 労働者に生活困窮の事情がないことを主張する

賃金仮払いが認められるのは、労働者の生活が苦しくなると判断された場合です。

したがって、労働者に十分な貯金があったり、配偶者の収入により生活をするなど別の収入源がある場合は、仮払いの必要性がないと反論できます。

たとえば次のような事情があれば、それを証拠と一緒に主張します。

  • 預貯金がある(通帳の写しなど)
  • 所有不動産による賃料収入がある
  • 家族が働いており収入がある(給与明細など)
  • 失業保険や各種給付を受け取っている
  • すでに再就職しており、安定した収入がある

6.2 解雇などが適法であることを主張する

仮処分の根拠となる賃金請求権は、労働契約が有効に続いていることが前提です。

つまり、前提となる解雇などに正当性があるなら、そもそも「仮払いを命じる根拠がない」と反論できます。

たとえば、労働者の非違行為に対する解雇の事案であれば、次のような点を整理し、証拠とともに主張します。

  • 非違行為の具体的な日時、内容
  • 非違行為が解雇事由に該当し、解雇が相当であること
  • 手続に不備がないこと など

6.3 証拠をもとに冷静に主張を組み立てる

企業にとって重要なのは、「証拠に基づいた事実」を提示することです。反論の際には、通帳、給与明細、就業規則、手続書類、社内メモなどを整理して提出することが求められます。

弁護士のサポートを受けながら、文書の準備や法的な根拠の整理をしっかり行うことで、企業側の主張を裁判所に理解してもらいやすくなります。

仮処分手続はスピード重視で進むため、対応が遅れると不利な判断が出てしまうこともあります。「おかしい」と思った時点で、すぐに弁護士へ相談し、的確な反論と手続きを進めることをおすすめします。

6.4 保全異議や保全取消しを積極的に行う

仮処分が認められた後でも、企業側は「保全異議」や「保全取消し」の申立てを通じて反論することができます。

たとえば、次のような反論です。

  • 仮処分の理由が不十分
  • 労働者側の事情が変わった(例:収入ができた)
  • 命令内容が過剰である

また仮処分は「本裁判を起こすことを前提」として認められる制度です。労働者がいつまでも本訴を起こさないままでいれば、それだけで仮処分を取り消す理由になりえます。

そのため、企業は、裁判所に申し立てることにより、裁判所から労働者に対して、一定期間以内の裁判(本案訴訟)の提起とその証拠書類の提出を命じてもらうことができます。

当該期間内に労働者側が対応しなかった場合には、企業の申し立てにより、裁判所は仮処分を取り消すことになります。

7. 賃金仮払い仮処分への対応は弁護士に相談

賃金仮払い仮処分の申し立ては、企業にとって大きな負担となる可能性があります。しかも、仮処分は「スピード重視」の手続きです。

通常の裁判と違い、準備に時間をかけられないうえ、裁判所からの呼び出しや書類への対応も短期間で求められます。

だからこそ、早い段階で弁護士に相談し、的確なアドバイスを受けることが重要です。

実際、仮処分への対応を誤ると、不要な金銭的負担を背負ったり、社内の管理体制に疑問を持たれたりと、企業の信頼や経営に影響が出ることもあります。

だからこそ、対応を自己判断で済ませず、労働問題に詳しい弁護士と連携して、最適な解決を目指しましょう。

特に、「突然申し立てが届いて困っている」「反論の仕方がわからない」「本裁判を見据えて対応を整理したい」といった場合には、すぐに法律相談を受けることをおすすめします。

仮処分の対応はスピードが命です。早めの相談が、最小限のリスクで企業を守るカギとなります。

監修者:弁護士 三井伸容

関連記事