M&Aは、会社の未来を大きく左右する重要な経営判断です。M&Aの交渉の最初のステップとして、ほとんどの場合「秘密保持契約」を締結します。

M&Aを進めるには、財務情報や取引先情報など、自社の重要な内部情報を相手方候補に開示しなければなりません。この情報を守るために締結されるのが秘密保持契約です。

秘密保持契約は、英語のNon-Disclosure Agreementの頭文字から、NDAとも呼ばれます。

この記事では、M&A初期段階で締結される秘密保持契約の法的な意味や注意点、締結前に確認すべきポイントを、具体的な条項に基づいて解説します。

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1. M&Aにおいて秘密保持契約(NDA)が重要となる理由

なぜM&Aの交渉を始める際に、NDAを締結する必要があるのでしょうか。それは、M&Aのプロセスが持つ特殊な事情と、それに伴うリスクが関係しています。

1.1 M&A交渉における情報開示の特殊性

M&Aの交渉過程では、買い手候補が「本当にこの会社を買収すべきか」「買収するなら、いくらが適正価格か」を慎重に判断する必要があります。

そのため、売り手企業の事業、財務、法務、人事、知的財産といったあらゆる側面を詳細に調査します。この調査プロセスは「デューデリジェンス」と呼ばれます。

デューデリジェンスを進めるために、売り手は、通常であれば社外秘とされるような、極めて機密性の高い内部情報を買い手候補に開示する必要があります。

これには、財務諸表や顧客リスト、重要な取引先との契約書、さらには従業員の給与情報といった、企業の根幹に関わる情報が含まれることも少なくありません。

1.2 NDAを締結せずに情報開示するリスク

もしNDAを締結しないまま、機密性の高い情報を安易に開示すると、売り手企業は次のような深刻なリスクを負います。

① 情報の目的外利用のリスク

開示した情報が、M&Aの検討という本来の目的以外に悪用されるおそれがあります。たとえば、買い手候補が自社の事業のため、売り手の技術情報や顧客情報を不正に利用するケースが考えられます。

② 第三者への情報漏洩のリスク

開示した情報が、競合他社などの第三者に漏洩してしまう可能性があります。これにより、自社の競争力が著しく損なわれるなど、事業に甚大な損害が生じかねません。

③ M&A交渉の事実が漏洩するリスク

M&Aの交渉が行われていること自体が秘密情報です。この事実が外部に漏れると、従業員や取引先に不安や動揺が広がる可能性があります。

また、買収の噂によって株価が意図せず高騰したり、他の企業が買収に名乗りを上げて交渉が複雑化したりするなど、M&Aの成功を妨げる要因になり得ます。

2. M&AにおけるNDAの法的効力と基本構造

ここでは、NDAの法的な効力と、一般的にどのような条項で構成されているのかを解説します。

2.1 NDAの法的性質と拘束力

NDAは、署名した当事者を法的に拘束する効力を持つ契約書です。契約に定められた義務に違反した場合、損害賠償などの民事上の責任を負う可能性があります。

NDAには、秘密情報を漏らさない義務や、目的外で使わない義務が定められます。違反によって損害を被った側は、違反した側に対して損害賠償を請求するほか、情報の不正利用を止めるよう求める差止請求を行うことが可能です。

契約の形式には、売り手と買い手の双方が秘密保持義務を負う「双務契約」と、主に情報を受け取る側のみが義務を負う「片務契約」があります。

片務契約では、情報を受け取る側が義務を負うことを誓約する書面を一方的に差し入れる「差入方式」がとられることもあります。

2.2 一般的なNDA条項の全体像

M&Aで用いられるNDAには、通常、次のような項目が定められています。これらの条項は、当事者間の権利と義務を明確にし、トラブルを未然に防ぐために非常に重要です。

秘密情報の定義

どの情報が秘密保持義務の対象となる「秘密情報」なのか、その範囲を具体的に定めます。

秘密保持義務

秘密情報を第三者に開示してはならないという義務を定めます。ただし、M&Aの検討に必要な弁護士や公認会計士といった専門家への開示は、例外として認められることが一般的です。

目的外使用の禁止

開示された情報を、M&Aの検討という定められた目的以外に使用してはならないことを明確にします。

秘密情報の返還・廃棄

M&A交渉が不成立に終わった場合などに、受け取った秘密情報(資料やデータ、その複製物を含む)を返還または廃棄する義務について定めます。

有効期間

NDAが効力を持つ期間を定めます。契約が終了した後も、一定期間は秘密保持義務が存続するよう定められることが多くあります。

損害賠償

契約に違反した場合の損害賠償責任について明記します。

準拠法・合意管轄

万が一、契約をめぐって紛争が生じた場合に、どの国の法律に基づいて解決するか(準拠法)、どの裁判所で裁判を行うか(合意管轄)を定めます。

3. M&A特有のNDA条項と注意点

M&AのNDAには、一般的な取引とは異なる特有の条項が盛り込まれます。M&A交渉の特殊性を踏まえた条項とその注意点を見ていきましょう。

3.1 秘密情報の定義と範囲

M&AのNDAで最も特徴的な点の1つは、「M&A取引の検討・交渉を行っている事実そのもの」が秘密情報の対象に含まれることです。これは、交渉の事実が漏洩すること自体が大きなリスクとなるためです。

秘密情報の範囲の定め方には、主に2つの方法があります。1つは包括的な定義で、開示する一切の情報を秘密情報とする方法です。もう1つは限定的な定義で、「秘密」や「Confidential」といった表示がある情報のみを秘密情報とする方法です。

情報を開示する側としては、できるだけ広く秘密情報の範囲を定めたいと考えます。一方、情報を受け取る側としては、意図せず義務違反となる事態を避けるため、範囲を限定的にしたいと考えます。

自社の立場に応じて、この定義が適切かどうかを慎重に検討する必要があります。

3.2 目的外利用・第三者開示の制限

NDAの核心ともいえるのが、秘密情報の利用目的を「M&Aの検討」に限定し、それ以外の目的での利用を禁止する条項です。

ただし、M&Aの検討を進める上では、社内の担当者だけでなく、外部の専門家への情報開示が必要となるケースも少なくありません。そのため、NDAでは通常、次のような関係者への開示が例外として認められるように定めます。

  • 役員、従業員
  • 弁護士、公認会計士、税理士などの専門家
  • M&Aの資金調達に関わる金融機関
  • グループ会社(買収の検討に必要な場合)

情報を開示する側としては、情報が不必要に拡散しないよう、買い手側に対して、知る必要のある最小限の範囲でのみ情報を共有するよう求めることが重要です。

3.3 契約期間・終了後の義務

NDAの有効期間は、1年から3年程度に設定されるのが一般的です。期間を定めないケースもありますが、管理の観点から期限を設けるのが一般的です。

ここで重要なのが、契約期間が終了した後も秘密保持義務が続くことを定める「残存条項」です。特に重要な技術情報やビジネスモデルに関する情報は、契約が終わったからといってすぐに価値がなくなるわけではありません。

契約期間が短すぎると、契約終了後に情報が流出するリスクが高まるため、情報の性質に応じて適切な存続期間を設定する必要があります。

また、M&A交渉が途中で破談になった場合に備えて、開示された秘密情報を速やかに返還または廃棄する義務を明確に定めることも、情報漏洩を防ぐ上で不可欠です。

4. NDA違反が問題となる場面と法的リスク

NDAを締結したにもかかわらず、その内容が守られない場合、どのような事態が起こり得るのでしょうか。ここでは、NDA違反の典型例と、それによって生じる法的リスクについて解説します。

4.1 NDA違反が成立する典型例

実際にNDA違反が問題となるのは、次のようなケースです。

① 営業秘密の盗用

買い手候補が、M&A交渉の過程で得た売り手企業の営業秘密(技術情報や独自のノウハウなど)を不正に利用し、自社で競合する製品やサービスを開発・販売する。

② 秘密情報の第三者への漏洩

買い手候補である投資会社が、NDAに違反して売り手企業の事業アイデアを自社の別の投資先に漏洩し、その投資先が売り手の競合となるサービスを開始する。

こうした行為は、NDA違反であると同時に、不正競争防止法上の不正競争に該当する可能性があります。

4.2 損害賠償・差止請求の可能性

NDAに違反して秘密情報が漏洩・不正利用された場合、情報を開示した側は、違反者に対して法的な対抗措置を取ることができます。

① 損害賠償請求

情報漏洩によって被った損害の賠償を求めることができます。

NDAに損害賠償条項がなくても、民法の債務不履行や不法行為の規定に基づいて請求が可能です。しかし、「違反した場合には損害賠償責任を負う」と明記しておくことで、契約の実行性を高める効果が期待できます。

② 差止請求

情報の不正利用がすでに行われている、または行われるおそれがある場合に、その行為をやめるよう裁判所に求めることができます。

営業秘密の不正利用など不正競争防止法に該当する場合には、法律に基づいて差止請求が可能です。

それ以外の一般的な契約違反の場合でも、NDAに差止請求権を定めておくことで、請求の根拠が明確になり、権利行使がしやすくなります。

ただし、実際に損害額を立証したり、目的外利用の事実を証明したりすることは容易ではありません。そのため、NDAには損害賠償条項や差止請求権を具体的に定めておくことが推奨されます。

5. M&AのNDAで経営者が見落としやすいポイント

M&Aの交渉はスピード感が求められることもあり、NDAの重要性が見過ごされてしまうことがあります。ここでは、経営者が特に注意すべきポイントを2つ挙げます。

5.1 形式的な契約と考えてしまうリスク

「NDAはどの案件でも結ぶ形式的なもの」と考えて、安易に署名してしまうのは非常に危険です。

M&Aでは、日常的な商取引では開示しないような質・量の情報を相手方に提供する必要があります。

普段使っているNDAの雛形をそのまま流用すると、M&A特有のリスクに対応できず、自社の重要な経営資源を守れない可能性があります。

たとえば、M&A交渉の事実を秘密保持の対象に含める、専門家への開示を例外として認めるなど、M&Aに合わせたカスタマイズが不可欠です。

NDAの締結自体に金銭的なコストはかかりませんが、その内容は企業の命運を左右しかねない重みを持っていると認識すべきです。

5.2 仲介会社主導で締結する場合の注意点

M&Aでは、買い手を探すため仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)を介することが一般的です。

その場合、まず売り手と仲介会社との間でNDAを締結し、次に仲介会社と買い手候補との間でNDAを締結するという流れとなります。

注意すべきは、たとえ会社名を伏せた「ノンネームシート」と呼ばれる概要資料であっても、業種や売上規模などの情報から会社が特定されてしまう可能性がある点です。そのため、具体的な情報提供の前には必ずNDAを締結しましょう。

その後、買い手候補が絞られ、売り手企業の名称を明かして本格的な交渉に入る際には、改めて売り手と買い手の間で直接NDAを締結します。

ただし、M&Aでは複数の仲介会社やFAが介在し、売り手が買い手候補と直接NDAを締結できない場合があります。仲介会社と買い手候補との間でNDAが締結されていないと、買い手にまで秘密保持義務が及ばず、情報保護に穴が生じます。

この事態を避けるため、売り手と仲介会社との間で締結するNDAには、「仲介会社が第三者に秘密情報を開示する場合には、その第三者にも同一の秘密保持義務を課す」という条項を入れることが重要です。

これにより、仲介会社から情報を受け取った者が、さらに別の第三者に開示する際にも同様の義務を負わせることができます。

売り手企業は、こうした条項をNDAに盛り込むなど、主体的に締結プロセスを管理し、自社の情報を守る意識を持つことが求められます。

6. NDA締結前に確認しておきたいポイント

相手方からNDAのドラフトを提示された際、そのまま署名するのではなく、自社にとって不利な点がないかを確認し、必要であれば修正を求める姿勢が大切です。

6.1 修正を検討すべき典型条項

NDAのレビューにおいて、特に修正を検討すべき典型的な条項は次の通りです。

6.1.1 秘密情報の使用目的

使用目的が曖昧だと、想定外の用途に情報が使われるリスクがあります。

問題のある条項例:「受領者は、秘密情報を事業の検討目的で使用することができる。」

この条項では「事業の検討」という表現が曖昧で、M&A以外の目的に使われるリスクがあります。「本件M&A取引の検討・実行の目的のみ」など、具体的な目的を明示するよう修正を求めるべきです。

6.1.2 秘密情報の定義

除外事項が定められていないと、既に公に知られている情報(公知の情報)まで秘密として扱わなければなりません。

問題のある条項例:「秘密情報とは、開示者が受領者に対して開示する一切の情報をいう。」

この条項では除外事項が定められておらず、すでに公知の情報や、受領者が適法に保有していた情報まで秘密保持義務の対象となってしまうことがあります。

「開示時にすでに公知であった情報」など、具体的な除外事項を定めておきましょう。

また、「一切の情報」という範囲が広すぎる場合、買い手としては「対象会社の財務、事業、技術、取引先に関する情報」など、より限定的な表現への修正を検討すべきです。

6.1.3 第三者への開示の例外

第三者への開示の例外規定がないと、専門家への相談などにも相手方の承諾が必要になり、手続きが煩雑です。

問題のある条項例:「受領者は、事前に開示者の書面による承諾を得た場合を除き、秘密情報を第三者に開示してはならない。」

この条項では、M&A検討に必要な専門家やグループ会社への開示にも、逐一相手方の書面による承諾が必要になってしまいます。

買い手としては、検討に必要なグループ会社や専門家、資金提供者などに必要に応じて情報を開示できるよう、例外規定の追加を求めましょう。

6.1.4 損害賠償の範囲

損害賠償の範囲が過度に制限されていると、十分な救済が受けられません。

問題のある条項例:「受領者が本契約に違反した場合、開示者は受領者に対し、通常生ずべき直接かつ現実の損害に限り、賠償を請求することができる。」

この条項では、損害賠償の範囲が「直接かつ現実の損害」に制限されており、逸失利益(本来得られたはずの利益)などの間接損害や将来の損害が請求できません。

「直接かつ現実の損害に限り」という制限を削除し、「一切の損害」または「通常損害および特別損害」とする修正を検討しましょう。また、差止請求権についても明記しておきましょう。

6.1.5 秘密保持期間

契約終了と同時に義務が消滅する条項では、情報が十分に保護されません。

問題のある条項例:「本契約の有効期間は、契約締結日から6か月間とする。契約終了と同時に秘密保持義務も終了する。」

この条項では、契約終了と同時に秘密保持義務が消滅してしまい、M&A交渉が不成立となった後も重要な情報が保護されません。

M&A交渉が終了した後も一定期間は秘密保持義務が継続する旨の追記を検討しましょう。

6.1.6 返還・廃棄義務

複製物の扱いが明記されていないと、コピーが相手方の手元に残り続けます。

問題のある条項例:「受領者は、開示者から請求があった場合、秘密情報を返還しなければならない。」

この条項では、秘密情報の「複製物」が含まれておらず、コピーやPDFが返還されずに残ってしまう可能性があります。「秘密情報およびその複製物(電磁的記録を含む)を返還または廃棄しなければならない」と明記することを検討しましょう。

また、返還・廃棄のタイミングが「開示者から請求があった場合」に限定されていますが、「本件M&A取引が不成立となった場合は、請求の有無にかかわらず直ちに」という条件も検討しましょう。

6.1.7 片務契約

片務契約(一方の当事者だけが義務を負う契約)では、買い手から得た情報や交渉の事実が保護されません。

問題のある条項例:「買主は、売主から開示を受けた秘密情報を厳に秘密として保持し、第三者に開示してはならない。」

この条項では買い手だけが義務を負い、売り手には義務がありません。M&A交渉の事実自体も重要な秘密情報であり、買い手から得た情報も保護する必要があります。原則として双方が義務を負う双務契約への修正を検討しましょう。

特に、買い手側からも重要な情報を提供したり、交渉の事実自体を秘匿したりする必要がある場合には、双務契約にすることが重要です。

6.2 交渉初期に弁護士が関与する意義

M&Aは専門性が高く、法的なリスクが伴う取引です。交渉の第一歩であるNDA締結の段階から弁護士が関与することには、次のような意義があります。

① リスクの洗い出しと適切な条項の設計

M&A特有のリスクを踏まえ、安易な雛形の利用を避け、自社の立場(売り手か買い手か)に応じた適切なNDAを設計・レビューします。

② 不利な条項の修正交渉

相手方から提示されたNDAに一方的な義務や不合理な制約がないかを確認し、対等な内容になるよう修正交渉をサポートします。

③ 将来の紛争予防

秘密情報の範囲や目的外利用の禁止、違反時のペナルティなどを明確に定めることで、将来起こりうるトラブルを未然に防ぎ、安心して交渉に臨むための土台を築くことができます。

M&Aの成否は、最初のボタンの掛け違いで大きく左右されることがあります。NDAという入口の段階で弁護士に相談することは、自社の貴重な情報資産を守り、M&Aプロセス全体を有利かつ安全に進めるための重要な一手と言えるでしょう。

監修者:弁護士 加藤貴紀

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