令和5年4月から中小企業にも適用されます!月60時間超の時間外労働の割増賃金率上昇について

目次

1. はじめに

よつば総合法律事務所の弁護士の村岡です。

「未払残業代の問題」は、多くの企業の頭を悩ませる問題ですが、令和5年4月より、企業規模に関わらず、月60時間を超える時間外労働につき、割増賃金率が引き上げられました。後ほどお話する「残業代の時効期間の延長」も相まって、企業の労務管理に非常に大きな影響が生じます。

今回は、月60時間超の時間外労働を行った場合の割増賃金率の上昇につき、その内容と企業に与える影響、そして対応策につきお話させていただきます。

2. 割増賃金のルール

まず、割増賃金のルールを簡単にお話させていただきます。

基本的なルールとしては、1日8時間、1週間で40時間を超える時間外労働を行った場合には、25%以上の割増賃金を支払う必要があります。

例えば、時給1,000円の労働者が、1日10時間働いた場合には、①8時間の労働分として8,000円、②2時間の時間外労働分として2,500円の、計10,500円を支払う必要があります(深夜労働・休日労働はここでは考慮しません)。

計算式

①時給1,000円×8時間=8,000円

②時給1,000円×1.25×2時間=2500円

また、同じく時給1,000円の労働者が、1日8時間の労働を週6日間行ったとすれば、この1週間分の賃金としては、①40時間の労働分として4万円、②週40時間を超える8時間の時間外労働分として1万円の、計5万円を支払う必要があります(深夜労働・休日労働はここでも考慮しません)。

計算式

①時給1,000円×40時間=40,000円

②時給1,000円×1.25×8時間=10,000円

その他、22時から翌朝5時までの間に働いた場合の深夜割増賃金や、法定休日に働いた場合の休日割増賃金もありますが、ここでは割愛します。

3. 月60時間超の時間外労働を行った場合の割増賃金率について

ここまで見てきたのは、1日8時間、週40時間を超えて時間外労働をした場合のお話です。

ただ、これとは別に、「1ヶ月に60時間」を超える時間外労働を行った場合にも、別途割増賃金を支払う必要があります。前置きが長くなりましたが、この部分が、今回のブログのテーマです。

冒頭でもお話させていただきましたが、令和5年4月からは、企業規模に関わらず、1ヶ月60時間を超えて時間外労働を行った場合の割増賃金率が引き上げられました。

具体的には、会社は、月60時間を超える時間外労働部分につき、50%以上の割増賃金(これまでは25%以上でした)を支払う必要があります。

ここで、「企業規模に関わらず」というお話をしましたが、実は、月60時間を超える割増賃金率については、2010年4月(大分前ですね)から、既に50%に引き上げられていました。

ただし、中小企業の負担増等を考慮して、この10年以上の間、中小企業に対しては、ずっと適用が猶予されていました。

しかし、令和5年3月いっぱいで、この猶予が遂に終わってしまったのです。

4. 実際にどの程度の影響が出るのか?

例えば、基本給が34万円、月の所定労働時間が170時間の労働者の方が、月80時間、時間外労働したと仮定します(ここでも深夜・休日労働は考慮しません)。会社は中小企業です。

従前(月60時間超の割増賃金率が25%の場合)では、このケースで、会社が割増賃金として支払わなければならない金額は20万円となります。

計算式

➀34万円÷170時間=2,000円(割増賃金算定の基礎となる時給単価(基礎賃金))

②2,000円×1.25×80時間=200,000円

他方、令和5年4月以降(=月60時間超の割増賃金率が25%の場合)では、同じ事案でも、会社が割増賃金として支払わなければならない金額は21万円となり、従来より1万円多く、割増賃金を支払わなければならなくなります

計算式

➀34万円÷170時間=2,000円(割増賃金算定の基礎となる時給単価(基礎賃金))

②2.000円×1.25×60時間=150,000円

③2,000円×1.5×20時間=60,000円

5. 割増賃金率上昇×時効期間延長の破壊力

更に注意しなければいけないのは、残業代の時効期間の延長です。

令和2年4月から、未払残業代の時効期間が、2年から3年に、1年間延長されました。

いずれ5年間に延長されることは既定路線となっております(ただしいつから5年になるかは未定です。

この、未払残業代の時効期間の延長により、会社としては、単純計算でこれまでの1.5倍の金額の未払残業代の請求を受けるリスクが生じます。

残業代の時効期間の延長については、こちらのブログで詳しく解説しております。

例えば、先ほどお話した、基本給34万円、月所定労働時間170時間、月80時間の時間外労働があるケースで見ると、影響の大きさが分かります。

この場合、従前(月60時間超の割増賃金率が25%で、かつ時効期間が2年の場合)であれば、1ヶ月20万円の割増賃金を2年分支払う必要があるので、会社が全く残業代を払っていなかった場合には、元金だけで、計480万円の未払残業代の請求を受ける可能性があります。

では、月60時間の割増賃金率が50%となり、かつ時効期間が3年間の場合はどうでしょうか。

この場合、先に見た通り、1ヶ月21万円の割増賃金を支払う必要があります(+1万円)。

そして、時効は2年ではなく3年であるため、この21万円に乗じるのは、「24か月」ではなく「36か月」となります。金額としては、元金だけで、756万円という金額になります。

労働者1名でこの金額となりますが、残業代請求で怖いのは、労働者が複数名で、まとめて残業代請求を行うケースも珍しくない、という点です。

労働者4名から同じような請求を受けるとなると、請求金額は3,000万円を超えてきます。

このような請求を受けてしまうと、会社の存続自体、非常に危ぶまれる状態になってしまいます。

なお、2020年3月に最高裁の判決が出た「国際自動車事件」では、その後の差し戻し審で「運転者198名に計4億円を払う旨の和解が成立した」との報道がなされていました。

6. おわりに-企業の対応策は?

このように、割増賃金率の引き上げだけでなく、残業代の時効期間の延長の影響もあるため、企業にとっては、未払残業代が生じないような労務管理、そして社内規程・賃金体系の整備が非常に重要となってきます。

また、「そもそも給与計算の担当者が、月60時間超の割増賃金率が50%になったことを知らなかった」というケースもあるでしょう。

この場合、言うまでもなく賃金不払いとなってしまうので、制度が変わったことを人事担当・給与計算担当に共有し、賃金不払いとならないように注意が必要です。

更に、細かい話ですが、➀「定額残業代(固定残業代)」を利用している企業で、②月60時間を超える残業代を定額残業代として支給しており、③「〇時間分の時間外労働分として支給する」というように、支給の対象となる労働時間を雇用契約書・賃金規程で明記している会社は、支給金額又は対象時間数の見直しが必要となります。


当事務所では、残業代の案件を多く取り扱っております。

未払残業代が生じないような制度作りのサポートから、請求を受けてしまった場合の事後対応(交渉・団体交渉・労働審判・訴訟等)まで、広く対応することが可能です。

残業代の問題でお困りの企業様は、お気軽にお問い合わせください。

なお、当事務所では、無料でダウンロードできる、「未払残業代リスク診断」という資料も公開しておりますので、ご興味のある方は、以下のURLからダウンロードいただけますと幸いです。

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文責:弁護士 村岡つばさ

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。