飲食店様の残業代トラブル5選ー当てはまる飲食店様は注意が必要です

<はじめに>

先日、私の所属している「フードビジネスローヤーズ」という団体で執筆した、「飲食店経営のトラブル相談Q&A」という書籍が発売されました(当事務所の松本も執筆しております)。

「フードビジネスローヤーズ」という団体は、飲食に関わるビジネスを支援する弁護士が集まっている団体で、定期的に勉強会を開催するなど、日々飲食業界の研鑽を重ねています。

当事務所でも、千葉県内の企業様を中心に、様々な規模の飲食店様よりご相談をいただいておりますが、最も相談の多いのは、ダントツで「残業代」のトラブルです。

そこで今回は、飲食店様の残業代問題につき、特に気を付けたい5つのポイントをお話させていただきます。

1. ポイント①-従業員が毎月何時間働いているか、把握していますか?

これは残業代の問題にかかわらず重要です。

2019年4月1日より、改正労働安全衛生法が施行され、「労働者の労働時間を客観的に把握すること」が会社の義務となりました。

また、労働基準法の改正(大企業は2019年4月1日から/中小企業は2020年4月1日から)により、時間外労働・休日労働をさせることができる上限の時間が定められており、この上限規制に違反した場合には、罰則の対象にもなります(詳しくはこちらのブログもご参照ください)。

残業代の関係で言うと、そもそも労働者の労働時間数を把握できなければ、適切な残業代の支払いを行うことはできませんし、残業代を請求された場合のリスクを把握することもできません。

なお、「うちはタイムカードとかもないから、残業した証拠もないので、請求は認められないのでは?」と質問をいただくこともあります。

ただ、現状の裁判実務では、労働時間に関する客観的な証拠がない場合でも、労働時間を伺わせる何らかの証拠があれば、相当な範囲で労働時間を認める傾向にあります。

例えば、労働者が個人的につけていたメモ・手帳や、LINE・メール等の記録もこの「何らかの証拠」に当たります。

会社が労働時間の把握・管理義務を負っている以上、この義務を怠った会社に非があるとして、かなり労働者寄りの判断がなされてしまうことも珍しくありません。

労働時間を把握・管理しないことは、それだけで、多額の残業代請求を受けるリスクを負っていることと同義とも言えます。

2. ポイント②-仕込み・締めの時間はどの程度発生しますか?

労働時間を把握・管理されている飲食店様でも、「仕込み作業」の時間や「締め作業」の時間については、労働時間として取り扱っていないケースをよく見ます。

これらの作業時間が短ければそれほど大きな問題にはなりませんが、ある程度長い場合には、想定していなかった残業代の請求を受ける可能性もあります。

例えば、仕込み作業・締め作業が1日2時間あり、月の労働日が20日あれば、それだけで労働時間は40時間も増えることとなります。時給1000円の場合でも、40時間の残業時間があれば、それだけで毎月5万円(1000円×1.25×40時間)の残業代が発生することとなります。

仕込み作業・締め作業の時間を会社として把握しているか、把握していない場合、どの程度の時間が毎日発生しているかを、一度確認することをお勧めします。

3. ポイント③-「残業代」としてではなく、残業代込みの「総額」で給与を支払っていませんか?

このような給与体系を取っている飲食店様は非常に多いです。

特に、規模がそれほど大きくなく、創業からそれなりの年数が経過している飲食店様は、残業代込みで、「総額〇円」という形式で給与を支給していることが多い印象です。

このような給与体系は、実は、最も危険な給与体系なのです。

裁判所は、「基本給は基本給、残業代は残業代で、きちんと明確に分けて支給しましょう」というスタンスを取っており、基本給と残業代を明確に区別できない場合には、残業代の支払いとは認めてくれません。

つまり、一切残業代を支払っていなかった、ということになってしまうのです。

もう1つ恐ろしいのが、この場合、会社が支払っていた給与は、すべて「基本給」として扱われるのが通常であるため、残業代の計算の基礎賃金が、非常に高い金額になってしまう点です。

具体例で見てみましょう。

毎月、34万円を残業代込みの給与として払っていたとします。月の所定労働時間は170時間です。この事案において、毎月、60時間の残業をしていた場合、どの程度の残業代が出るでしょうか。

まず、残業代の基礎賃金を求めます。34万円がすべて基本給として扱われる結果、基礎賃金は、34万円÷170時間=2000円となります。会社が想定していたより、ずっと高い金額でしょう。

この基礎賃金を基に、60時間分の残業代を求めます。深夜労働については一切考慮しなかったとしても、2000円×1.25×60時間=15万円が、未払いの残業代となってしまいます。

1年間に引き直すと180万円という数字になります。残業時間がもっと長かったり、深夜労働があるような場合だと、更に金額は高くなります。

このように、残業代込みの「総額」で給与を支払うことは、会社にとって大きな残業代リスクを抱えたまま雇用を続けることとなります。

4. ポイント④-「〇〇手当 〇円」という形で、定額で残業代を支払っていませんか?

このような残業代の支払い方は、「固定残業代」「定額残業代」などと呼ばれます。

しっかりとした制度・運用の下、定額で残業代を支払う分には問題ありません。ただ、残念ながら、この「しっかりとした制度・運用」がなされていないケースが大半です。

上記3で述べたとおり、裁判所は、「基本給は基本給、残業代は残業代で、きちんと明確に分けて支給しましょう」というスタンスを取っており、基本給と残業代を明確に区別できない場合には、残業代の支払いとは認めてくれません。

これは、「総額いくら」で支払う場合だけでなく、今回のように、定額で残業代を払う場面でも同様です。

特に、以下のような場合には注意が必要です。

  • 基本給、残業手当の金額が明確に分かれていない。
  • 雇用契約書、給与明細、賃金規程に定額残業代の記載がない。
  • 手当の趣旨が不明確(残業代として支払っているかが分かりづらい)
  • 対象となる残業時間数が不明確
  • 対象となる残業時間が非常に長い(月45時間以上は特に注意)

5. ポイント⑤-雇用契約書、賃金規程はありますか?

上記3、4との関係で重要です。

紛争となった場合、裁判所は、「入社当時、労使間でどのような合意があったか」を非常に重視します。入社時に本来取り交わすはずの雇用契約書、労働条件通知書がない(労働条件を明示していない場合)ことは、会社にとって不利に働きます。

入社時に、基本給・残業手当を口頭で説明し、本人の了承を得ていた場合であっても、書面がない以上、これを証明することが難しいのです。

何らかの方法で労使間の合意を証明できなければ、そのような合意は「なかった」ものとして扱われてしまいます。

「これまでずっと雇用契約書を取り交わしてこなかったが、どうすれば良いか」とご相談いただくことも多くあります。今後採用する従業員については、雇用契約書・労働条件通知書といった書面の取り交わし・交付を行うことは勿論ですが、既に雇用している従業員についても、現在の労働条件を確認する趣旨で、「労働条件通知書」を交付することをお勧めしています。

入社時の書面ではない以上、どこまで有効性が認められるかという問題はありますが、明確に書面で条件を記載し、それを労働者が把握した上で署名をしているという事実は、それなりに大きな意味を持ちます。

<おわりに>

今回は、飲食店様の残業代トラブルにつきお話させていただきました。残業代の問題にかかわらず、ご相談事のある飲食店様は、是非一度ご相談ください。

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文責:弁護士 村岡つばさ

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。