目次
1. はじめに:違法な長時間労働が刑事事件となる案件の増加
違法な長時間労働をさせたことを理由に、会社と代表者が書類送検される事案が増えています。
ここ最近でも、滋賀県のガラス製品の製造請負会社とその代表者が、従業員に違法な長時間労働をさせたことが理由で、書類送検されたとの報道がありました。
具体的には、令和5年の3月から5月にかけて、従業員2名に対し1か月あたり100時間以上、2か月平均で80時間を超過する違法な残業をさせた疑いがあるとのことです。
今回は、時間外労働に関する法規制を中心に弁護士の川田啓介(かわたけいすけ)が解説します。
2. 労働基準法上の労働時間と時間外労働
2.1 時間外労働をさせるためには36協定が必要
労働基準法上、原則として労働者の労働時間は1日8時間、かつ週40時間以内としなければならないというルールがあります。
1日8時間、週40時間を超える労働は、「時間外労働」として、割増賃金を支給しなければなりませんが、そもそも「時間外労働」をさせるためには、労働基準法36条に基づいた「時間外・休日労働に関する労使協定」(いわゆる36協定)の締結が必要です。
36協定については別の記事で詳しく紹介していますので、よろしければご覧ください。
2.2 無制限な時間外労働は36協定があっても不可
36協定があるからといって無制限に時間外労働をさせられるわけではありません。労働基準法は、時間外労働の「上限」に関するルールを設定しています。
(原則の上限時間)
原則として月45時間・年360時間が、時間外労働の上限時間です。
(特別の事情がある場合の例外的な上限時間)
臨時的な特別の事情がある場合で、かつ労使間の合意がある場合(特別条項と呼ばれます)には、上記原則の上限時間を超えて、時間外労働をさせることができます。
ただしこの場合であっても、以下①から④のルールを全て守らなければなりません。
- ① 時間外労働が年720時間以内
- ② 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- ③ 時間外労働と休日労働の合計について「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」がすべて1月あたり80時間以内
- ④ 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6か月が限度
つまり、特別条項がある場合であっても、1年を通じて常に、時間外労働と休日労働の合計は、月100時間未満、2~6か月平均80時間以内にしなければならないということです。
これらのルールに違反した場合には、労働基準法違反として、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科される可能性があります。
なおそのほか、労働時間に関する会社の義務としては、以下があります。
- 使用者は、1日の労働時間が6時間を超える場合には最低でも45分以上、8時間を超える場合には最低でも1時間以上の休憩を与えなければなりません。
- 使用者は労働者に対して、毎週少なくとも1回は休日を与える義務があります。
3. 働き方改革による法改正の影響
ここまで見た「労働時間の上限」のルールには、昨今の働き方改革の動きが密接に関わっています。
従前は、月45時間、年360時間の時間外労働の上限は「労働基準法上の義務」とはなっておらず、違反した場合でも、行政指導がなされる程度にとどまっていました。
しかしながら、いわゆる働き方改革に伴う労働基準法改正により、時間外労働の上限が「法律上の義務」となりました。
これにより、違反した事業者等には刑事罰が科される可能性が生じることとなりました。
(厚生労働省『時間外労働の上限規制 わかりやすい解説』より抜粋)
なおこの改正労働基準法は、大企業では平成31年4月から、中小企業では令和2年4月から施行となっていますので、現在では企業規模に関わらず、(一部業種を除く)全ての企業が、時間外労働の上限規制の対象になります。
4. 時間外労働規制と報道された事案との関係
冒頭で記載した、報道がなされた書類送検の事案では、従業員2名に1か月100時間、2か月平均で80時間を超過して時間外労働や休日労働をさせていた疑いがあるとのことでした。
この報道が事実であれば、ここまで見てきた時間外労働の上限規制に違反していることとなります。具体的には以下の①、③のルール違反を理由に、書類送検がされたものと思われます。
- ① 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- ③ 時間外労働と休日労働の合計について「2か月平均」「3か月平均」「4か月平均」「5か月平均」「6か月平均」がすべて1月あたり80時間以内
5. 使用者側の注意点
そもそも労働者に時間外労働をさせることが許されるのか、許される場合であっても法律の上限を超えていないかなど、注意すべきポイントは多岐に亘ります。
日々企業側の相談を多く担当していますが、「36協定を締結していない」企業も多いのが実情です。
この場合、時間外労働の上限を検討するまでもなく、「そもそも時間外労働を命じることができない」ということになります。
また、時間外労働の上限規制には、「1ヶ月単位」「複数月平均」の時間数も関わるため、労働者の労働時間を適切に、かつタイムリーに把握・管理することが必要です。休日労働か否かも注意する必要があります。
これらの規制への対応が不十分な場合、今回の報道事案のように、刑事罰を受ける可能性があります。
また、企業名が公表され、「ブラック企業」とレッテルが貼られるなどのレピュテーションリスクもあります。
今一度、自社の労務管理の実態や社内規程・協定書を見直す必要があります。
6. まとめ:詳しい弁護士にまずは相談
今回は、実際の報道事案を通じて、使用者が気を付けるべき時間外労働の問題について解説しました。
労働法規制については複雑なことも多く、ご不安な方は一度労働問題に詳しい弁護士への相談をご検討ください。
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※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。