バス会社が略式起訴!36協定を締結しない残業は違法の疑いあり

目次

1. はじめに:残業をさせるためには適切な手続が必要

適切な手続を踏まずに残業をさせていると、違法な残業として一定の制裁を受けることがあります。

今回は、「36協定」という労働基準法上の規定について、時事問題を取り上げながら、会社が注意すべき点を弁護士が解説します。

2. 刑事罰となった事案の概要

令和6年7月18日、函館市のバス会社に労働基準法違反の疑いがあるとして、函館簡易裁判所は、会社と代表者及び専務に対して、罰金20万円の略式命令を出しました。

報道によると、同社の代表者と専務は令和3年7月から10月にかけて、時間外労働や休日労働に関する労使協定である36協定を締結しないまま、バス運転手などの従業員複数名に対して、時間外労働をさせたとのことです。

このバス会社の事案だけでなく、「36協定違反」とインターネットで調べると、多くのニュースがヒットします。

3. 時間外労働を命じるのに必要な「36協定」とは?

36協定とは

36協定は、労働基準法第36条に規定されているためこのように呼ばれています。「さぶろくきょうてい」と読みます。

会社は従業員などの労働者に対して、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える労働をさせることは、原則としてできません。

また、労働基準法は、最低でも週に1回は休日を与えなければならない旨を定めており、この法定休日に労働させることも原則できません。

しかし、会社と労働者との間で36協定を締結し、36協定を労働基準監督署長に届出をした場合には、法定労働時間を超える時間外労働や、法定休日労働を命じることが可能となります。

裏を返せば、36協定を締結していない会社は、原則として労働者に時間外労働や法定休日労働を命じることはできません。

冒頭で説明したバス会社の事例は、まさに36協定を締結しないまま、時間外労働に従事させていたケースです。

36協定の効果

36協定の締結を行った場合、会社は労働者に対し、時間外労働を命じることができます。

ただし、無制限に時間外労働を命じることはできず、以下の通り「上限規制」というものがあります。

厚生労働省:「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」より抜粋

上限規制のルールをまとめると、以下となります。

① 36協定を締結しても、時間外労働を命じることができる時間は、1ヶ月45時間、1年で360時間が上限(原則)。

② 例外的に、「特別条項」を結べば、①の上限時間を超えて時間外労働を命じることも可能。ただし、以下のルールに従う必要がある。

  • 1年間の時間外労働が720時間以内であること
  • 1ヶ月の時間外労働+休日労働の時間数が100時間未満であること
  • 複数月(2~6か月)に亘る時間外労働+休日労働の平均時間が80時間以内であること
  • 45時間を超えて時間外労働をさせることができるのは、年6回(6か月)まで

※特別条項とは?

「臨時的な特別な事情」がある場合に、原則の上限時間(月45時間・年360時間)を超えて時間外労働させることが許容されるものです。

36協定にこの「特別条項」を定めておけば、特別条項に記載された時間の範囲内で、時間外労働を命じることが可能となります。なお、特別条項の記載例は、厚生労働省の36協定届の記載例(特別条項)のページをご参照ください。 

4. 36協定の記載内容や締結方法

36協定の記載内容

36協定には次の内容等を記載します。

  1. 時間外労働をさせる必要のある具体的事由
  2. 対象期間
  3. 業務の種類
  4. 対象となる労働者数
  5. 法定労働時間を超過して設定できる労働時間数

また、特別条項を設定する場合には、通常の労使協定に加え、特別条項に関する労使協定も締結し、これを労働基準監督署長に届け出る必要があります。

36協定のフォーマットは、主要書式ダウンロードコーナー(厚生労働省)からダウンロードできます。

36協定の締結方法

会社は誰と36協定を締結すればよいのか?

36協定は、会社と労働者「側」が締結する協定です。

ここで労働者「側」と述べましたが、法律上は、会社と以下の①②いずれかの者で書面により協定を結ばなければならないと定められています。

① 過半数労働組合

労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合

② 労働者代表

労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者

労働者の過半数を代表する者を適切に選ぶにはどうすればよいか?

②の「労働者の過半数を代表する者」については、労働基準法施行規則第6条の2において、以下の2つの要件を満たす必要があるとされています。

  • 労働基準法法第41条第2号 に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと(=一定の役職者など、管理監督者に該当しないこと)
  • 法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であって、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと(=民主的な手続で代表者が選出され、会社の意向に基づく選出ではないこと)

形式的には36協定が結ばれているものの、会社が指名した人が労働者代表とされていたり、労働者代表の選出の手続に問題があるケースは非常に多いです。

この場合、36協定自体が無効となってしまうため注意が必要です。36協定自体が無効となると、時間外労働を命じていることが違法になってしまいます。

厳密には会社ではなく事業場ごとに締結が必要

36協定は、会社と労働者「側」が締結する協定と冒頭で記載しました。

ただし、厳密には「事業場」ごとに36協定を締結しなければいけませんので注意が必要です。

5. 使用者が注意するべき点

36協定を締結しないと刑事罰となりえること

36協定がない場合、法定労働時間を超過する労働は、それだけで原則違法となります。

今回のバス会社のように、36協定を締結せずに時間外労働をさせていた場合、使用者は法定労働時間規制(労働基準法第32条)や休日に関する規制(同法35条)に違反する可能性が生じます。

この場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金(同法119条1号)が科される恐れがあります。

これに加えて、これらの行為をした者が事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業員である場合には、30万円以下の罰金が科される可能性もあります(同法121条1項)

社名の公表のリスクがあること

労働基準監督署は、毎年労働基準法違反について送検の事実を公表しています。

場合によっては会社名の公表が為されることもあり、違反状態は企業のレピュテーションリスクを高めることにもつながります。

労働者が1人でも届出が必要となること

労働者が1人の場合であっても、時間外労働や休日労働が発生する場合には36協定の届出が必要となる点に注意すべきです。

届出をせずに時間外労働をさせた場合には、労働基準法違反となる可能性が高いです。

形式的に協定を結べば良いわけではないこと

36協定の締結方法の箇所で見た通り、形式的には36協定を結んでいても、労働者代表の選出過程に問題があるケースも良く見られます。

36協定締結の前提となる「労働者代表」の選出方法にもよく注意する必要があります。

6. まとめ:適法な労使関係を構築するために専門家に相談

今回は、時事問題を取り上げて、時間外労働に関する重要な法規制である36協定について解説しました。

労使関係に関わる法律は複雑で、また法改正も頻繁に行われます

しかも、自社の実情を踏まえた現実的な運用体制を構築し、定期的に確認する必要もあります。

適法な労使関係を構築するためにも、課題があるときは弁護士など専門家への相談をおすすめします。

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監修者:弁護士 川田啓介

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。