目次
1. はじめに:カスハラが増加中
令和4年2月、厚生労働省がカスタマーハラスメント対策企業マニュアルを公開したことを受け、ここ最近、企業様より次のようなご相談をいただくことがあります。
- 顧客からハラスメントを受けているが、どのように対応すればよいか分からない。
- カスハラが起こったときに備えて、指針やマニュアルを作成したい。
- カスハラの研修を実施したい。
カスハラの問題は、単に従業員のモチベーション喪失や離職という問題にとどまらず、労災にも関連する話です。
たとえば、報道によると、令和5年10月、ハウスメーカーに勤務していた従業員が顧客から著しい迷惑行為を受けて自殺したことを理由に、柏労働基準監督署は労災認定をしました。
また、過労死等の労災補償状況(令和5年度)によると、令和5年度に労災保険給付を決定した支給決定件数883件のうち、約6パーセントにあたる52件が顧客等からの著しい迷惑行為を受けたことが原因となっています。
そこで、今回は、カスハラを原因とする労災認定と、企業が負う責任についてご説明します。
2. 令和5年9月にカスハラが労災の類型に追加
精神障害の労災該当性は、心理的負荷による精神障害の認定基準(厚生労働省)に基づき判断します。
従来の心理的負荷による精神障害の認定基準には、カスハラに該当する具体的事実の項目はありませんでした。
しかし、令和5年9月に認定基準の改正がありました。
具体的には、顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けたという具体的出来事が、心理的負荷による精神障害の認定基準の業務による心理的負荷評価表に追加されました。
顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けたとは、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)のことを指します。
3. カスハラによる精神障害の労災認定の要件
3つの認定要件
精神障害の労災認定要件は次の3つです。
- 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
- 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと
3つの認定要件のフローチャート
(精神障害の労災認定・過労死等の労災補償Ⅱ・厚生労働省より引用)
業務による心理的負荷の評価が「強」になると労災の可能性が高い
労災認定を受けるためには、業務による心理的負荷の評価が「強」となる必要があります。
1つの出来事で「強」となる事例
心理的負荷による精神障害の認定基準によると、次のような出来事が、カスハラに関して「強」となります。
- 顧客等から、治療を要する程度の暴行等を受けた
- 顧客等から、暴行等を反復・継続するなどして執拗に受けた
- 顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた
- 顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた
- 心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった
複数の「中」の出来事で総合評価が「強」となる事例
関連しない心理的負荷の程度が「中」の出来事が複数生じた場合は、総合的に「強」と判断される可能性があります。
具体的には、ある顧客から1回のみ人格を否定するように言動を受け、さらに別の顧客から1回のみ人格を否定するような言動を受けた場合です。
そして、次のような出来事は、「中」程度の心理的負荷となります。
- 顧客等から治療を要さない程度の暴行を受け、行為が反復・継続していない
- 顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を受け、行為が反復・継続していない
- 顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を受け、行為が反復・継続していない
4. カスハラについて企業が負う責任
企業は損害賠償のリスクあり
企業がカスハラに対して対策を講じておらず、従業員がカスハラで精神障害を発病した場合、企業の責任はどうなるでしょうか?
この場合、企業は安全配慮義務違反を理由として、損害賠償義務を負うリスクがあります。このリスクは、労災認定の有無を問いません。 労災認定前に訴訟が提起される可能性がありますし、労働基準監督署長のお墨付きを得た上で労災認定後に訴訟が提起される可能性もあります。
労災保険があっても会社の負担が生じることに注意
労災保険ではすべての損害をカバーできない
「労災認定された場合は、労災保険からお金が支払われるのだから、会社の支出はないだろう」と思う方もいるかもしれません。
しかし、労災保険では従業員の損害を全てカバーすることはできません。
賠償額が1憶円以上になることもある
たとえば、次の事例で考えてみましょう。
従業員は、顧客から人格や人間性を否定するような言動を反復・継続して執拗に受けたことを原因に、うつ病を発症し自殺した。
従業員は30歳、年収500万で、従業員の収入を主として家族(妻と子)生計を維持していた。
この場合、企業は約1億円の損害賠償義務を負う可能性があります。
- 死亡遺失利益 約7000万円
- 死亡慰謝料 約2800万円
- その他、労災保険で給付を受けられないもの
労災保険から遺族補償年金が支給されますが、従業員に発生した損害を補うには十分な額ではありません。
また、労災保険からは慰謝料が支給されないため、会社が慰謝料を全額支払う必要があります。
個別事案に応じた対策が必要
もちろん、全てのカスハラ事案で、企業がこのような賠償義務を負うわけではありません。
ただし、企業のカスハラ対策が不十分であるとして、企業の責任が認められてしまうケースでは、このような高額な賠償義務を負う可能性がありますので、注意が必要です。
5. カスハラから従業員や企業を守るために
カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(厚生労働省)には、企業が具体的に取り組むべきカスタマーハラスメント対策の基本的な枠組みが載っています。
枠組みは、カスタマーハラスメントを想定した事前の準備と、カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応に分かれます。
カスタマーハラスメントを想定した事前の準備
- 事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発
- 従業員(被害者)のための相談対応体制の整備
- 対応手法、手順の策定
- 社内対応ルールの従業員等への教育・研修
カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応
- 事実関係の正確な確認と事案への対応
- 従業員への配慮の措置
- 再発防止のための取組
- ①~⑦までの措置と併せて講ずべき措置
企業がこれらのカスハラ対策をすることで、企業がカスハラに対してなすべき義務を果たしたと評価される可能性が高まります。
その結果、企業が安全配慮義務違反を履践しているとして、損害賠償責任を負うリスクを低くできます。
加えて、労働者も守ることができるため、これらのカスハラ対策は重要といえるでしょう。
6. おわりに:弁護士への相談も選択肢の1つ
大手コンビニ、航空会社や通信会社がカスハラに対する基本方針を立て続けに発表し、カスハラに対して毅然とした対応をすることを表明しています。
大切な従業員がカスハラを受けたことを理由に心身の不調をきたすことのないように、早めにカスハラの対策を進める必要があるでしょう。
よつば総合法律事務所では、カスハラに関するサポートを行うことが可能です。
顧客対応でお悩みの企業様や、カスハラ対策をご検討されている企業様は、お気軽にご相談ください。
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。