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近年の働き方の多様化
近年ではフリーランス新法の成立などの動きが盛んであり、多様な働き方が選べるようになってきました。
一方、使用者側から見ると労使の関係がどうであるのかは大きな関心事です。労基法が適用されるかどうかは契約の名目のみならず、実際の業務内容などに照らして判断されます。
今回は、令和5年4月21日に大阪地裁が出した「アイドルの労働者性」に関する判決に関連して、使用者が労働問題について注意すべき点を弁護士が解説します。
問題となった事案のあらまし
先日言渡しがなされたばかりの裁判例で、原文を確認できていないため、あくまでも報道ベースで判明している事実関係となります。本件は、芸能事務所が、同事務所に所属しているアイドルグループを脱退した男性に対し、違約金等として約1,000万円の支払を求めた事案です。
この芸能事務所と男性は、「専属マネジメント契約」を結んでおり、その契約書には、「事務所の指示に従い芸能活動を誠実に遂行する」「事務所や他のメンバーの承諾なしに脱退してはならない」といった約束ごとが定められ、また違反した場合の違約金(1回の違反で200万円)も定められていたようです。
そして、男性がイベントやリハーサルに出なかったことや、承諾なくグループを脱退したことなどを理由に、先に見た「約1,000万円」の違約金が行われました。なお、これも報道ベースですが、男性がグループを脱退したのは、適応障害に罹患してしまったことが理由とのことです。
裁判の争点
本件では、契約に定められた違約金条項が労基法16条に違反して無効なのではないかが争点になりました。
労基法16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定しています。
当該規定に違反する契約条項は無効とされるので、本件においても同条の適用の有無が争点になりました。
その前提として、契約当事者としてのアイドルが労基法の適用を受ける「労働者」(同法9条)に該当するかが争点となりました。
ここにいう「労働者」とは「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」を指します。
まとめると、争点は以下の2つです。
- 被告であるアイドルが労基法上の「労働者」に該当するか
- 「労働者」に該当するとして本件の違約金条項は労基法16条に違反し無効であるか
大阪地裁の判断
結論として裁判所は、アイドルの男性が労基法上の「労働者」に当たることを認め、事務所側主張の違約金条項の規定は「労基法に違反し無効」との判断をし、事務所側からの請求を棄却しました。
芸能タレント通達と判決の意味合い
企業と個人とは、「委任契約」「業務委託契約」「請負契約」といった多様な名目で契約を締結しますが、契約の実態が労働契約であると評価できるならば、契約の形式や名目にかかわわらず労基法上の「労働者」として被用者は同法の保護を受けることになります。
とりわけ芸能タレント・アイドルに関しては1988年に労働省(現在の厚生労働省)から通達が示されており、芸能タレント通達は、芸能タレントについて、次のいずれにも該当する場合には、労基法9条の「労働者」ではないとしています。
- 当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっていること
- 当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと
- リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと
- 契約形態が雇用契約でないこと
この通達では、労働者性を否定する要件を厳しくすることで、芸能人やタレントへの労基法上の保護を手厚くするようにしています。
これらの要素は諸事情を加味して総合的に判断されるため、芸能関係者が「労働者」に該当するかどうかには専門的な判断が必要です。
今回の裁判では、アイドルの男性は所属事務所の指揮監督のもと、時間的・場所的に拘束されており、その業務内容に諾否の事由がない中で、労働に対する対価として給与の支払いを受け、事業者性も弱く、専従性も強いことから労基法上の「労働者」に該当すると判断されました。
これに伴い、違約金の条項も労基法16条に違反する無効なものであると判断しました。
使用者側の注意点
今回の判決はアイドルに関するものでしたが、業種問わず使用者側としては「形式的な契約書で労務管理が完結している」「損害賠償の条項に合意を取り付けているからいざという時には多額の賠償金を請求できる」と安易に考えないことが大切です。
場合によっては、労働者側に労務管理の不適切性を追及されて訴訟などに発展するリスクも考えられます。
自社で業務委託契約として扱っていても、実際には労働契約であったというケースも少なくありません。
まとめ
今回は、アイドルの労働者性にまつわる裁判例を弁護士が解説しました。
労基法上の「労働者」に該当するかに限らず、使用側には検討しなければならない法的問題・リスクが少なくありません。
何も問題がないように見えても、意外なところに落とし穴があるかもしれません。労働関係の問題は、法律専門家である弁護士に早期にご相談されることをおすすめします。
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。