はじめに
10月13日(大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件)、10月15日(日本郵便事件)と、同一労働同一賃金に関する最高裁判決が立て続けに3件出ました(日本郵便事件は3件の判決が同日に出ましたが、会社が同じこともあり、ここでは1件とカウントしています)。
実務上、非常に重要な判決ですので、ダイジェスト版の解説記事を書いてみます。
1. 事案の概要
いずれの事案も、正社員と非正規社員(契約社員・パート)との間の待遇差が問題となった事案です。
①大阪医科薬科大学事件では主に賞与が、②メトロコマース事件では主に退職金が、③日本郵便事件では主に扶養手当・年末年始手当・休暇(お盆・年末年始・病気休暇)等が、それぞれ問題となりました(以下単に①事件、②事件、③事件と言います。)。
これらの賃金はいずれも、正社員にのみ支給・付与され、非正規社員には支給・付与されていなかったため、このような待遇差が、労働契約法20条が禁止する「不合理」な労働条件の相違に当たるかが問題になりました。
2. 前提(同一労働同一賃金とは)
以前記載したブログがありますので、詳しくはこちらをご覧ください。
今回出た3つの最高裁判決は、いずれも改正法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)の施行前の事案であるため、労働契約法20条に関する判断となります。
改正法施行後の事案は、同法第8条(事案によっては9条)において判断されることとなりますが、基本的な判断枠組み・考え方については、労働契約法20条と大きく異なるものではありません。
そのため、改正法施行後も、本判決は重要な意義を持つものといえます。
3. 最高裁の判断
最高裁は、本事案における賞与(①事件)・退職金(②事件)の待遇差は不合理とまではいえないものの、扶養手当・年末年始手当・休暇(③事件)の待遇差は不合理である、との判断を示しました。
高裁は、賞与については正社員の6割以上を支給すべきと判断し、退職金については正社員の金額の4分の1程度を支給すべきと判断しており、いずれも待遇差の不合理性を認めていたため、最高裁において異なる判断がなされたこととなります。
4. 私見(本判決のポイント・評価・実務上の留意点等)
以下はあくまでも私見です。
(1) 本判決のポイント
ダイジェスト版ですので、細かく判決の評価・分析をここでは記載しませんが、これらの判決のポイントを一言で表すと「裁量」でしょうか(ただし、「裁量」という単語は、②事件の補足意見・反対意見でしか出てきません。)。
要は、裁判所がどこまで踏み込んで判断できるか(会社の判断を尊重すべきか)という問題です。
①②事件で争われた賞与・退職金は、そもそも一義的に趣旨が定まるものではなく、複合的な趣旨(正社員の人材確保・定着、従業員の意欲向上、功労報酬、賃金後払い等)を有するのが通常です。
そのため、どのような点を重視し、賞与・退職金を含めた賃金制度を設計するかという点については、会社側に広い裁量が認められます。判決文上、名言こそされていないものの、①②事件の結論の背景には、このような「裁量」の問題があるように思われます。
他方、③事件で争われたように、手当・休暇は、一義的に趣旨が定まることも多く、「その手当・休暇を設けた趣旨が非正規社員にも等しく及ぶか」という判断を行うことが比較的容易です。
趣旨が等しく及ぶのであれば、非正規社員にも等しく支給・付与すべきという判断もまた容易になります。特に通勤手当・精勤手当・無事故手当(ドライバー)といった手当については、長澤運輸事件・ハマキョウレックス事件といった最高裁判決においても合理性が否定されており、待遇差を設けるのは困難という印象です(住宅手当・家族手当については、事案によって判断が大きく分かれると思います。)。
(2) 評価
特に①②の事件については、労使それぞれの立場により評価が二分する判決だと思います。私は、会社側の労働事件を中心に扱っていることもあり、本判決の結論自体(特に①②事件)には賛同します。
ただ、より踏み込んで事実関係を見ていくと、この事案で賞与・退職金の相違が不合理でないとすれば、一体どのような事案であれば不合理とされるのか、という点に疑問が残るのも事実です。
改正法の施行に先立ち策定されたガイドラインとの整合性にも疑問があります(ただしガイドライン上も、賞与・退職金については非常に抽象的な記載となっております。)。
(3) 実務上の留意点等
最も注意しなければならないのは、今回出た3つの判決のいずれも、個別具体的な事実関係に基づいて不合理性の判断を行い、「本件においては」、待遇差が不合理である/不合理ではないと判断しているという点です。
「賞与・退職金を非正規社員に支給しなくても大丈夫(不合理でない)」とか、「手当・休暇に差を設けるのはできない(不合理である)」とか、全ての事案に共通するルールを示したわけではありません。
具体的な事案によっては、賞与・退職金の待遇差が不合理とされる可能性もあるため、少なくとも自社の賃金体系の把握・検証は必須です。
手当・休暇については、①なぜその手当・休暇を支給・付与しているのかという趣旨を把握し、②その趣旨が非正規社員にも等しく妥当しないか、という点を検証する必要があります。
上記把握・検証の作業を行った上で、会社としての対応を考えていく必要があります。対応としては、①非正規社員への支給・付与を行うというベクトル、②正社員への支給・付与を減縮するというベクトル(ただし正社員の不利益変更の問題あり)、③賃金制度全体を改めるというベクトル(これも不利益変更の問題あり)が考えられますが、どのような対応をすべきかは、従業員数、正規・非正規の割合、待遇差の程度等、会社ごとに異なります。
勿論、①の対応を行うことができればベストですが、会社の賃金原資には限りがあるため、現実的な対応を選択する必要があります。
5. おわりに
同一労働同一賃金の問題が難しいのは、正に会社の「制度設計」の問題であるからです。
一度設計した制度を変更するのは容易ではありませんし、変更した制度を元に戻すのもまた容易ではありません。
会社の経済状況も踏まえつつ、各労働者の利害調整を行い、法律・判例に沿う形で制度を設計するのは、非常に大変な作業ですし、慎重に進める必要があります。
制度設計を含め、同一労働同一賃金の問題でお困りの企業様は、是非一度ご相談いただけますと幸いです。
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。