着替時間の賃金は払うべき?イケア9月から支給

目次

  1. 事案の概要
  2. 着替時間の賃金は支払わなくてはいけない?
  3. 着替時間の賃金を支払わなくてもいい場合
  4. 着替以外の準備行為

1. 事案の概要

報道によると、イケア・ジャパンが、2006年の開業以来、着替時間分の賃金を従業員に支払っていなかったということです。

イケアは事実関係を認めた上で、2023年9月1日から着替時間分の賃金も支給するとしています。

2. 着替時間の賃金は支払わなくてはいけない?

着替時間が労働時間に当たるか否かについては、以下の裁判例・ガイドラインがあります。

(1) 裁判例

就業の準備時間について触れた最高裁判所の裁判例(三菱重工長崎造船所事件=最判平12.3.9)は以下のように述べています。 労働基準法の労働時間とは、 「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるもの」 とした上で、 「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。」 としました。

三菱重工長崎造船所事件=最判平12.3.9

(2) ガイドライン

厚生労働省の出している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)は、次のように述べて着替時間を労働時間に含めるよう求めています。

「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。 … ア 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン

上記裁判例とガイドラインによれば、①事業所内において行うこと、②使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされたこと、が労働時間に該当するかどうかの指標になります。 「余儀なくされた」とは、直接の指示はないけれども、そうしなければ評価に影響したり、不利益を被るおそれがあり、事実上、行わざるを得ない状況にあることなどを指します。 また、労働時間と認められるためには、③要した時間が社会通念上必要と認められることも必要です。 例えば、5分で済む着替えを30分かけて行ったとしても、労働時間として認められるのは5分だけということになります。

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3. 着替時間の賃金を支払わなくてもいい場合

上記①~③の全てを満たさない場合には、着替時間は労働時間に当たらないため、その分の賃金を支払う必要はなくなります。 例えば、制服の着用を義務付けているものの、事業所の更衣室で着替えることは義務付けておらず、自宅から制服で通勤することを許容している場合などです。 この場合は①事業所内において行うこと、を満たしていないため、着替時間は労働時間に当たらないと考えられます。 ただし、この場合でも労働者に対して「着替えを事業所内でしなくてもよい」ということを周知しなければなりません。 また、事業所内で着替えなかったことをもって評価に影響させるなどの不利益を与えないように管理者側にも周知すべきです。 形式的に自宅での着替えを許容しても、事実上の不利益をこうむるのであれば上記②の「余儀なくされた」に該当するおそれがあるからです。

4. 着替以外の準備行為

上記①~③は、着替以外の業務のための準備行為についても、労働時間と考えるか否かの指標となります。 上記三菱重工長崎造船所事件裁判例を引用した東京急行電鉄事件(東京地判平14.2.28)も、点呼及びその後の勤務場所への移動時間について③「社会通念上必要」と認められるとした上で、就業を命じられた業務の準偽行為であり、①②「これを事業所内で行うことを使用者から義務付けられた行為であるから、」特段の事情のない限り使用者の指揮命令下に置かれたものと評価すべきとして、労働時間に当たるとしました。 本ブログの内容に関わらず、企業様の法律問題でお困りの際は、下記よりお問い合わせください。

文責:弁護士 辻佐和子

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※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。