労災による保険料引き上げに対して事業主の不服申立てが可能に?

目次

  1. これまでの問題点
  2. 有識者検討会の方針
  3. 令和4年11月29日の東京高裁判決
  4. 最後に

厚生労働省の有識者検討会「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」は、2022年12月7日、労災の発生数によって労災保険料が上がる制度をめぐって、事業主が不服申立てをできるようにする方針を固めました。

一方で、2022年11月29日にはこの方針に一部抵触する東京高裁判決が出ています。

この記事では、労災保険制度のこれまでの問題点と、有識者検討会の方針、今後の見通し等についてご説明します。

1. これまでの問題点

労災保険制度は、事業場の労働災害の多寡に応じて、一定の範囲内で労災保険率または労災保険料額を増減させる制度(メリット制)を設けています。
具体的には、ある年の労働保険料額に対する労災保険給付額を参照して、その2〜4年後の労災保険率を個別事業場ごとに定めます。

つまり、事業場で働く労働者に対する労災保険給付額が増えるほど(労災が多いほど)、その事業場の数年後の労災保険率が上がる可能性が高まるということです。

※メリット制は事業の態様によって適用される場合と適用されない場合があります。

このように労災保険給付額が増えると事業主の負担が大きくなるわけですが、事業主は労災保険給付額の支給決定に対して不服申立てをすることはできません。
また、「あの労災保険給付支給決定は要件を充たしていなかった!」という理由で労働保険料認定決定の違法を主張することもできないとされています。

つまり現在のところ、事業所で働く労働者に対する労災保険給付額が増えたことで労災保険率が上がっても、事業主は言いたいことも言えずにこれを受け入れるしかないのです。

2. 有識者検討会の方針

不利益を受ける事業主が、労災保険給付支給決定の要件該当性を争うこともできずに高い労働保険料を課されるのは酷だということで、今回の有識者検討会では概要以下の方針が固まりました。

①労災保険給付支給決定に関しては、事業主からの不服申立等は認めるべきではない。

②事業主が労働保険料認定決定に不服を持つ場合の対応として、その決定の不服申立等に関して、以下の措置を講じることが適当である。

  • (ア)労災保険給付の支給要件非該当性に関する主張を認める
  • (イ)労災保険給付の支給要件非該当性が認められた場合には、その労災保険給付が労働保険料に影響しないよう、労働保険料を再結締するなど必要な対応を行う。
  • (ウ)労災保険給付の支給要件非該当性が認められたとしても、そのことを理由に労災保険給付を取り消すことはしない。

労災保険給付支給決定そのものについて事業主が争うことができないのは現在と変わりません。

しかし、労働保険料認定決定に対する不服申立の場面で「あの労災保険給付は要件を充たしていなかった!」と主張できるようにすべきだということです。(そしてもちろん、その主張が認められた場合には労働保険料を見直すべきだともされています。)

さらには、この不服申立ての場面で、事業主の主張どおり「たしかに、あの労災保険給付は要件を充たしていませんでしたね」と認められ、労災保険給付支給決定が覆ったとしても、当の労災保険給付自体は取り消されたりしないようにすべきだともされています。
これは、給付を受ける労働者を保護する必要があるというのが理由です。

つまり、有識者検討会の方針に従うと、労災保険給付支給決定があった場合、不服申立てによって事業主との関係では支給決定は要件非該当となり、一方で、支給を受けた労働者に対しては要件を充たすとしてそのまま支給がなされるといった状況も生じうるのです。

3. 令和4年11月29日の東京高裁判決

上記のような議論が進む一方、東京高等裁判所は、事業主が労災支給処分の取消しを求めた裁判で事業主の原告適格を認め、審理を東京地方裁判所に差し戻しました。
本記事を作成した時点でも判決原文が公表されていないため、あくまでも報道ベースの話になりますが、この裁判例を前提とすると、事業主が労災支給処分の取消しを求めることも可能(労災支給処分自体を争える)という帰結になります。

これは、上記2の①で挙げた有識者検討会の方針「労災保険給付支給決定に関しては、事業主からの不服申立等は認めるべきではない。」に真っ向から抵触することになります。

この東京高裁判決に対し厚労省がどう対応していくのかについて、現時点(2023年1月10日時点)で公表されている資料はなく、また公的見解も示されておりません。

4. 最後に

有識者検討会を踏まえた具体的な制度改正の時期については、未だ決まっていません。ただし、上記3の高裁判決を前提にすると、事案によっては、これまではあまり選択肢として考えられてこなかった、「労災保険給付の支給決定の取消を求める」という争い方も現実的な選択肢となりますので、今後の動向を注視していきたいと思います。

当事務所でも、交渉・訴訟を問わず、使用者側の立場から、労災事件を多く取り扱っておりますので、労災問題でお困りの企業様は、是非お気軽にご相談ください。

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文責:弁護士 辻佐和子

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。