目次
1. はじめに
あの有名なお菓子「うまい棒」を製造している菓子メーカー「リスカ」と、その代表取締役が書類送検される事件がありました。罪名は労働基準法違反です。
誰でも知っているお菓子のメーカーでどんな問題が生じたのでしょうか。
※書類送検…警察が被疑者の身柄を確保しないまま、検察官へ送致することです。送致後、検察官が起訴するか否かを決めます。逮捕されず、書類送検だったからといって、必ずしも「不起訴ですむ」「執行猶予がつく」などといった軽い処分で済むとは限りません。
2. 問題になっている事実
リスカは、2021年1月~11月にかけて、石下工場(常総市)で働く従業員9名に対し、労使協定(36協定)で定めた上限を超えて長時間働かせた疑いをもたれています。
1か月あたり時間外労働が100時間を上回ったり、複数月で平均80時間を超過したりしていたということです。また、時間外労働が最長で月120時間を超えた従業員もいたそうです。
リスカは、「反省している。全社を挙げて労働環境の改革を進める。」と話しています。
3. 労働基準法の定める労働時間
今回問題となっている労使協定の話に入る前に、まずは基本となる労基法の定める労働時間を確認しましょう。
労基法は、労働時間を1日8時間、1週間に40時間以内とすることを定めています(労基法(以下「法」とします。)32条)。これを「法定労働時間」といいます。
この法定労働時間を超えて働かせた場合は、原則として違法になり、使用者には「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」が科されます(法119条1項)。
4. 労使協定があれば法定労働時間を超えても違法にならない?
(1) 労使協定を締結している場合
ただ、実際には法定労働時間を超えて働いている人たちが世の中にたくさんいます。その全てが労基法違反の労働かというと、そういうわけではありません(違法のケースもあるでしょうが…。)。ここで登場するのが労使協定です。
使用者は、過半数組合(労働者の過半数で組織する労働組合)または労働者の過半数を代表する者との書面による労使協定を結び、これを労働基準監督署に届け出ることによって、その協定の内容に従って労働者に時間外労働をさせることが「適法に」できるようになります(法36条1項)。
いろいろな内容を含む労使協定のうち、この時間外労働について定めた部分を条文の数字から取って「36協定(さぶろくきょうてい)」と呼びます。
(2) 労使協定の限界
① 労使協定の原則の限度時間
もちろん、労使協定さえあれば無制限に働かせてもよいというわけではありません。
労使協定を結んだ場合であっても、時間外労働は以下の条件を全て満たさなければなりません。
- 1か月につき45時間以内(労基法36条4項)
- 1年につき360時間以内(同)。
- 時間外労働・休日労働の合計は1か月100時間未満(労基法36条6項2号)
- 時間外労働・休日労働の合計の、複数月(2か月~6か月)ごとの1か月平均が80時間以内(同3号)
② 労使協定で例外的に使える特別条項
しかし、ときには通常予見できない事情が生じて、臨時的に、労使協定の限度時間を超えてもっと働いてもらわなければならないこともあります。そうした場合に備えて、労使協定に「特別条項」を置くことができます。
特別条項を置いた場合の限度時間は、以下の条件を満たさなければなりません。
- 時間外労働・休日労働の合計は1か月100時間未満(労基法36条6項2号)
- 時間外労働・休日労働の合計の、複数月(2か月~6か月)ごとの1か月平均が80時間以内(同3号)
- 時間外労働が年720時間以内(労基法36条6項)
- 時間外労働が月45時間を超えるのは1年に6か月まで(同)
(3)労使協定の注意点
注意しなければならないのが、労使協定は免罰効果しか持たないということです。
つまり、労使協定は「法定労働時間を超える残業をさせても違法になりません」という効果を与えてくれますが、使用者は労使協定だけでは労働者に対して「これだけの時間残業してください」と命令する権利を得られないのです。
法定労働時間を超えて働かせるには、労使協定とは別に個別の契約や就業規則、労働協約などでそのことを定めておく必要があります。
(4)今回の事件の問題点
今回のリスカの「1か月あたり時間外労働が100時間を上回ったり、複数月で平均80時間を超過したりしていた」という事実が本当であるとすると、特別条項の上限をも超えて労働させたことになります。
なので、仮に労使協定で「1か月あたり時間外労働が100時間を超えてもよい」という内容を定めていたとしても、その労使協定自体が無効となり、違法な行為であるという評価は免れられません。
5. 今回適用される罰則
「1か月あたり時間外労働が100時間を上回ったり、複数月で平均80時間を超過したりしていた」という事実は、労基法36条に違反し、使用者(リスカの代表取締役)は六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処せられる可能性があります(労基法119条1号)。
また、事業主であるリスカも使用者と一緒に書類送検されていることから、使用者と事業主を一緒に処罰する両罰規定の適用も視野に入っているといえるでしょう(労基法121条)。
6. 労働者から訴えられる可能性も?
以上でご説明したのは刑事責任の話です。
これとは別に、違法な時間外労働をさせられた労働者側から、「長時間労働を強制されて健康を害した」等の理由で損害賠償を請求され、民事責任を負う可能性もあります。
また、時間外労働に対して適切な割増賃金を支払っていなかった場合は、労働者からその未払い分を支払うよう請求される可能性もあります。
7. さいごに
36協定等について簡単にご説明しましたが、「複数月の平均」といったややこしい条件があり、例外の例外として特別条項を定めることができる、など、すぐに理解するのは難しい点もあります。
また、36協定の適用対象外となる従業員(18歳未満、妊産婦等)の定めがあるなど、場合によってはさらに制限がかかることもあります。
労働条件の適法性などについて悩むことがありましたら、お早めに弊所の弁護士にご相談ください。
※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。