労働者への損害賠償請求をお考えの企業様必見!-労働者への損害賠償請求時の注意点

1. はじめに

よつば総合法律事務所の村岡です。

当事務所は、本記事作成時点で約350社の企業様より顧問契約をいただいていることもあり、日々、様々なご相談に対応しています。

労務に関するご相談も多いのですが、ご相談の中には、事故を起こして車両を壊した、会社のお金を横領した、十分に引継ぎをしないまま急に会社を辞めた、退職後に競業行為をしている…等々、請求の理由は様々ですが、「労働者に損害賠償請求をしたい」というものもございます。

この記事をご覧いただいている企業様も、同じようなお悩みをお抱えではないでしょうか。

実は、労働者への損害賠償請求は、検討すべき事項も多く、(意外と)難しい問題です。

今回は、会社が労働者(元労働者への請求を含みます)に損害賠償請求を行う際の注意点について、解説していきます。

2. 行為類型ごとの注意点

そもそも損害賠償請求の要件を満たさないなど、損害賠償請求自体が困難なこともあります。まずは、行為類型ごとの注意点を見ていきます。ここでは、良くご相談いただくことが多い、車両の損傷、横領・窃盗、急な退職、競業行為についてお話します。

(1) 不注意により社用車を損傷させた

労働者が社用車を利用して運転していたところ、事故を起こしてしまった場合です。特に運送会社様より、このようなご相談をいただくことが多いです。

例えば、労働者が自損事故を起こし、修理代金が100万円かかったとします。車両保険はかけておらず、保険は使えません。この場合、修理代全額を労働者に請求できるでしょうか。

答えは「厳しい」という回答になります。

過失の程度、保険加入の有無等によっても異なりますが、裁判例を見ると、労働者の負う責任の範囲を大幅に制限しているケースが多く、裁判となった場合には、損害全額の回収は難しいこととなります。

例えば、茨石事件(最判昭和51年7月8日)では、運送会社において、タンクローリーに乗車していた労働者が、前方不注視で事故(前方車両への追突事故)を起こし、41万円の損害が会社に生じたため、これを労働者に請求した事案につき、

  1. 会社が経費削減のため、対物賠償責任保険、車両保険に加入していなかったこと
  2. タンクローリー乗務は臨時的なものであったこと
  3. 勤務成績は普通以上であったこと

等の事情を考慮し、労働者の責任を4分の1(10万円程度)に制限しています。

他方、労働者に重過失がある場合には、労働者の負う責任の程度もより重いものとなります。

例えば、秋田運輸事件(名古屋高判平成11年5月31日)では、運送会社において、トラックに乗車していた労働者が、前方不注視、速度超過、わき見又は居眠り運転等が原因で事故(前方車両への追突事故)を起こし、1,800万円の損害が会社に生じた事案につき、

  1. 労働者の過失が重過失であること(制限速度の大幅の超過、わき見運転又は居眠り運転が推測されること等)
  2. 会社が任意保険に加入しており、損害の補填措置をとっていたこと
  3. 労働者の勤務態度に特段問題があったことは伺われないこと
  4. 深夜の大型貨物自動車の運転業務は、それ自体事故発生の危険性を含む業務であるところ、会社は当該業務により収益をあげていること

等の事情を考慮し、労働者の責任を4割(720万円程度)に制限しています。

(2) 会社のお金を横領・窃盗した

この類型で一番重要なのは「証拠」です。

明確な証拠がないと、「横領行為」「窃盗行為」の事実自体が認定できないため、特に本人が否定している場合には注意が必要です。

なお、横領・窃盗行為を理由として懲戒解雇を行ったような事案では、横領・窃盗行為の事実自体が認められないと、懲戒解雇も当然無効となるので、労働者が解雇無効を主張して、逆に会社が賠償義務を負うこともあります(後記3-(1)のカウンターの問題です)。

例えば、横領行為を理由に介護事業所の事務長を懲戒解雇した事案(東京地判平成22年9月7日)では、横領行為自体が事実認定できない(証拠として不十分である)として、懲戒解雇が無効と判断し、会社に対し約1200万円の支払を命じています。

(3) 十分に引継ぎをしないまま急に会社をやめた

特にここ最近は、退職代行業者を利用していきなり出社しなくなり、残りの期間は有休を使って退職、という事案が増えています。

十分な引継ぎ業務を行うことができず、会社としては非常に困る場面ですが、請求が認められるためのハードルは極めて高く、請求を断念せざるを得ないケースが多いです。
正社員(期限の定めのない雇用契約)の場合、民法上は2週間前の退職予告で足りると定められており、就業規則等でより長い予告期間を定めた場合でも、無効と判断される可能性が高いため、特に2週間前の予告期間が置かれている場合には、請求は極めて難しいと考えます。

発生した損害の程度、本人の役職、退職に至る経緯、残っている引継ぎ業務等の事情も踏まえ、請求を行うかを慎重に検討する必要があります。

なお、トラックドライバーが、事前に退職の意思を伝えることなく、点呼後に書置きを残して失踪したため、予定していた配送業務ができなかったという事案において、会社から労働者への損害賠償請求を認めた裁判例(福岡地判平成30年9月14日)はありますが、このような請求を認めた裁判例はほぼありません。

(4) 競業行為をしている

退職労働者が自社と競合する会社を立ち上げた、従業員や取引先を引き抜いている等、競業行為に関するご相談も非常に多いです。

検討すべき事項も多いため、難しい問題ですが、ここではポイントのみを説明します。

①在職中に行われた行為か、退職後の行為か

在職中の競業行為は原則として違法となります。他方、退職後については、②で記載する通り、禁止する根拠がなければ、競業行為を行うことも原則として自由です。

②退職後の行為の場合、競業を禁止する「有効な」根拠があるか

労働者には「職業選択の自由」があるため、会社を退職して以降は、同業他社を立ち上げようが、同業他社に転職しようが、原則として自由です。そのため、これを禁止するためには、法的な根拠が必要となります。

入社時や退職時の「誓約書」や、就業規則内で競業禁止を定めている会社が多く、これらが競業行為を禁止するための根拠となります。

ただし、裁判においては、「退職後〇年間は競業行為を行わない」旨、誓約書や就業規則に定めていたとしても、禁止される期間や場所的範囲が広すぎる等として、無効と扱われる(=労働者が競業避止義務を負わない)ケースも多くあります。
合意があれば直ちに請求ができるというわけでもないため、請求を行う前に、慎重な検討が必要です。

③根拠がない場合には一切請求ができないのか

非常に悪質な引き抜きの場合等では、競業禁止等の根拠がなくとも、会社からの損害賠償請求を認めている裁判例もあります。
また、不正競争防止法で禁止された態様にて競業行為等を行っている場合には、同法を根拠として損害賠償請求を行うことも可能です。

④競業事案の損害賠償請求の難しさ

ここまでは、そもそも競業行為自体が禁止されるかという観点からお話をしてきましたが、㋐損害の立証が困難(競業行為=売上減少に直ちに結びつくわけではない)、㋑競業行為の明確な証拠を掴むことが困難(取引先等が流出している場合、その取引先は相手方の味方になってしまっている=証拠収集が困難)という問題もあり、請求を断念せざるを得ないケースも多いのが実情です。

3. すべての行為類型に共通する注意点・リスク

ここまでは、行為類型毎の注意点をお話してきましたが、全ての行為類型に共通する一般的な注意点・リスクについてもお話します。

(1) 労働者からカウンターを受けるリスク

最もよくあるのが残業代請求です。会社が損害賠償請求したものの、労働者から残業代請求をされ、結局、会社が払う金額の方が圧倒的に多かった、というケースもあります。

会社から請求をすることにより、労働者のカウンターを誘発する可能性があるため、労働者から何らかの請求を受ける可能性がないか、という点には注意が必要です。

(2) 回収不能リスク

これはリスクというわけではないですが、請求に根拠はあるものの、労働者の経済的事情も踏まえると、回収が困難ということもあります。

弁護士に依頼し、かなりの費用をかけて判決を貰ったけど、財産がなく回収できない、というケースもあります。
判決を貰えば自動的に回収できるかというとそうではなく、相手が任意に支払わない場合には、債権者側(こちら側)が相手の財産を調査・特定して、強制執行を行う必要があるため、判決を得たものの、回収を断念せざるを得ないことも珍しくありません。

会社側としては、そもそも請求が認められるかという点だけでなく、回収可能性(費用倒れとなる可能性)も踏まえ、どのような解決を目指していくかを検討する必要があります。

(3) 不当訴訟とされるリスク

件数はあまり多くありませんが、法律上、およそ認められないであろう請求を訴訟で求めた場合、不当訴訟と評価され、かえって損害賠償請求を受ける可能性があるため、少し注意が必要です。

4. 当事務所でサポートできること

当事務所では、これまで、行為類型を問わず、労働者への損害賠償請求の案件を多く取り扱ってきました。以下のように、ご相談・方針の検討から、実際の交渉・訴訟業務まで、広くサポートを行うことが可能です。

  • 賠償請求が認められる可能性の検証、方針の検討
  • 事実関係の調査、証拠収集(サポートを含む)
  • 貴社名義での通知書面の作成
  • 代理人としての交渉業務(警告文書の送付を含む)、和解締結
  • 調停・訴訟対応
  • 再発防止策の検討、アドバイス(社内規程の整備含む)

初回相談、お問い合わせは無料となっておりますので、労働者への損害賠償請求をご検討されている企業様や、問題従業員対応で悩まれている企業様は、ぜひ一度、ご相談ください。

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文責:弁護士 村岡つばさ

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。