入社前研修は義務付けられる?

企業の継続的な発展のためには、新卒予定者の採用は不可欠です。そして、就職説明会を開催したり、何度も面接を行い、苦労して採用活動を行った結果、有望な新卒予定者に「採用内定」を出すことができました。

苦労して採用した新卒予定者となると、
「入社前から研修を受けて欲しい」
「入社前から資格取得の授業を受講して欲しい」
なんてことを思う経営者の方や人事担当者の方もいらっしゃるかもしれません。

では、内定者に入社前研修を義務付けることができるのでしょうか。そもそも「採用内定」とはどんな意味なのか、内定者に入社前研修を義務づけることができるのか、検討してみたいと思います。

そもそも「採用内定」って?

そもそも、「採用内定」とはどんな意味なのでしょうか。

日本において「採用内定」という言葉は、大企業から中小企業まで多様な企業が使用しています。そのため、各企業にごとに多様な「採用内定」制度が想定されます。裁判所も、「採用内定の制度の実態は多様であるため、採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難であり…事実関係に即して採用内定の法的性質を検討する必要がある」と述べています(最高裁昭和54年7月20日民集33巻5号582頁)。

ただし、一般的な企業が新卒予定者を採用する際に実施する、採用内定通知の他には特段の書類の取り交わしを予定していないケースの場合、採用内定の通知を発した時点で「労働契約」が成立したと考えられます。

ただし、ただの「労働契約」ではなく、「始期付解約権留保付労働契約(しきつきかいやくけんりゅうほつきろうどうけいやく)」です。漢字が並びすぎて、日本語とは思えない言葉かもしれません。しかしよく見てみると、「始期付」「解約権留保付」「労働契約」と分解できることに気付くことができると思います。

「始期付」とは、就労開始を大学卒業後の入社日(4月1日)とすることを意味します。「解約権留保付」とは、採用内定取消となるような事態が発生した場合、「労働契約」を解約することができるという意味です。

入社前研修は義務付けられる!?

「『労働契約』が発生しているならば、入社前研修を義務付けることもできるのでは!?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

確かに、企業と内定者の間には労働契約が成立しているため、内定者は内定期間中も契約上の義務を負うこととなります。しかし、「始期付」であるため、就労を前提としない義務を負うにとどまります。すると、内定者が負う義務には、一定の制限があることとなります。

裁判例はどうなっている?

「裁判例はどうなっている?」と、裁判例の動向が気になった方もいらっしゃるかもしれません。東京地裁は、入社前研修について下記のように判断しています(東京地判平成17年1月28日労判890号5頁)。

  • 入社日前の研修等は、入社後における本来の職務遂行のための準備として行われるもので、入社後の新入社員教育の部分的前倒しにほかならない。
  • 新卒採用に係る内定者の内定段階における生活の本拠は、学生生活にある。
    使用者は、内定者の生活の本拠が、学生生活等労働関係以外の場所に存している以上、これを尊重し、本来入社以後に行われるべき研修等によって学業等を阻害してはならない。
  • 使用者が、内定者に対して、本来は入社後に業務として行われるべき入社日前の研修等を業務命令として命ずる根拠はない。

としました。その結果、

  • 入社前研修は、使用者からの要請に対する内定者の任意の同意に基づいて実施されるものである。
  • 一旦参加に同意した内定者が、学業への支障などといった合理的な理由に基づき、入社日前の研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、企業はこれを免除すべき信義則上の義務を負っている。

と判断しました。

まとめ

以上をまとめると、入社前研修は、

  • 入社前研修が、入社後における本来の職務遂行のための準備として適切なものであること
  • 使用者からの要請に対する内定者の任意の同意に基づいて実施されるものであること
  • 内定者の試験機期間が卒業論文提出期限など、学生生活上のスケジュールを害さないこと

という、合理的な研修であることが必要となると言えます。

事実関係に応じて様々な考え方があり、個別具体的な事案によって結論は異なります。
分からないことがありましたら、いつでも弁護士までご相談ください。

お問い合わせはこちら

文責:弁護士 根來真一郎

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。