最終更新日:2026年10月15日

監修者
よつば総合法律事務所 弁護士 村岡つばさ

「従業員が業務上のミスで会社の備品を壊した」

「従業員が取引先に損害を与えた」

「会社のお金を横領した」

このような場合、会社としては、従業員に損害を負担してもらいたいと考えるのが自然です。

しかし、従業員の行為によって会社に損害が生じたからといって、常に損害の全額を請求できるわけではありません。過去の裁判例では、会社と従業員双方の事情を踏まえ、「損害の公平な分担」という観点から、従業員の責任が制限されることがあります。

また、給与から損害賠償金を差し引くことや、あらかじめ違約金を定めることにも法律上の制限があります。

本記事では、会社が従業員に損害賠償請求できる場合や賠償額の考え方、請求時の注意点、実際の進め方について弁護士が解説します。

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1. 会社は労働者に損害賠償請求できる?

1.1 労働者に損害賠償請求できる法的根拠

従業員が会社に損害を与えた場合、会社は、雇用契約上の義務に違反したことを理由とする債務不履行責任(民法415条 )や、不法行為責任(民法709条 )に基づき、損害賠償を請求できることがあります。

たとえば、次のような場合は損害賠償を請求できることがあります。

  1. ① 会社のルールや上司の指示に反して重大なミスをした
  2. ② 会社の金銭や商品を横領した
  3. ③ 会社の機密情報を故意に持ち出して損害を与えた

ただし、損害賠償請求が認められるためには、単に「ミスがあった」というだけでは足りません。次のような内容などを主張し、証拠に基づいて立証する必要があります。

  1. ① 従業員に責任を負わせることができる事情があること
  2. ② 会社に具体的な損害が発生していること
  3. ③ その行為と損害との間に因果関係があること

1.2 会社が第三者に賠償した場合は労働者に求償できる

従業員が業務中に第三者へ損害を与えた場合、会社が使用者責任(民法715条1項 )に基づいて第三者へ賠償することがあります。

そして民法715条3項は、会社から従業員への求償を認めています。そのため、会社が取引先や事故の被害者などに賠償した場合、原因を作った従業員にその負担を求めること(求償)は可能です。

ただし、求償できる金額も、当然に全額となるわけではありません。過去の裁判例では、会社と従業員の間で損害を公平に分担する観点から、求償額が制限されています。

2. 損害の全額を請求できるとは限らない

2.1 茨城石炭商事事件が示した責任制限の考え方

従業員への損害賠償請求を考える際に重要なのが、最高裁判所昭和51年7月8日判決(茨城石炭商事事件 )です。

この事件では、会社のタンクローリーを運転していた従業員が追突事故を起こし、会社が、自社車両の損害や第三者に賠償した金額などを従業員に請求しました。

最高裁は、会社と従業員双方の諸事情を踏まえ、「損害の公平な分担」という観点から、会社が従業員に請求できる範囲は信義則上相当な限度に制限されると判断しました。

そして、この事件では、会社が多数の業務用車両を保有しながら対物賠償責任保険や車両保険に加入していなかったことなどを考慮し、従業員への請求を損害額の4分の1に制限しました。

ただし、一般的に「従業員には常に4分の1までしか請求できない」という意味ではありません。4分の1という割合は、この事件の具体的事情を前提とした結論です。どの程度の請求が認められるかは、個々の事案によって異なります。

2.2 賠償額を決める際に考慮される事情

従業員にどこまで損害を負担させることができるかは、個別事情によって大きく異なります。主な考慮要素としては、次のような事情があります。

  1. ① 会社の事業の性格・規模・設備などの状況
  2. ② 従業員の業務内容、労働条件、勤務態度
  3. ③ 従業員の故意・過失の程度など、損害を発生させた行為の態様
  4. ④ 教育、指示、チェック体制など、会社が損害の発生防止のために講じていた対策
  5. ⑤ 保険への加入など、会社が損失を分散するために講じていた対策
  6. ⑥ その他の諸事情

2.3 通常のミス・重大な過失・故意の不正行為の違い

従業員の行為の悪質性は、賠償額を考える上で特に重要です。

通常の業務上のミスや軽い不注意であれば、会社側が負担すべき事業上のリスクと評価され、請求が認められない、または大幅に制限されることがあります。

一方、重要な確認を著しく怠った、明確なルールを大きく逸脱したなど、重大な過失がある場合には、従業員の負担割合が大きくなる可能性があります。それでも、会社の管理体制などを踏まえ、全額請求が当然に認められるわけではありません。

これに対し、横領、着服、故意の情報持ち出しなど、従業員が故意に行った不正行為では、通常の業務ミスに比べて責任制限が働きにくく、損害の全額について責任を負うことが原則です。

3. 損害賠償請求をする際に注意すべきポイント

3.1 違約金や損害賠償額をあらかじめ決められない

労働基準法16条 は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額をあらかじめ予定したりすることを禁止しています。

たとえば、「会社の備品を壊したら一律10万円」「契約期間の途中で退職したら違約金50万円」といった形で、実際に生じた損害と関係なく一定額を負担させる定めを置くことはできません。

一方、実際に従業員の責任で損害が発生した後、その具体的な損害について賠償を求めることまで禁止されているわけではありません。

3.2 損害賠償金を給与・退職金から一方的に差し引けない

労働基準法24条 は、賃金を全額支払うことを原則としています。そのため、会社が従業員に損害賠償請求権を持っていても、給与や退職金から一方的に損害賠償金を差し引くことは原則としてできません。

過去の裁判例でも、会社の損害賠償債権と従業員の賃金債権を会社側から一方的に相殺することは認められないとされています(最高裁判所昭和31年11月2日判決 、最高裁判所昭和36年5月31日判決 )。

3.3 労働者本人が相殺に同意した場合の効力

従業員本人が給与や退職金との相殺に同意している場合には、合意による相殺が有効となることがあります。

ただし、過去の裁判例では、単に同意書があるだけではなく、その同意が従業員の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することを求めています(最高裁判所平成2年11月26日判決 )。判断は厳格かつ慎重に行われます。

そのため、損害賠償の支払いに応じなければ解雇するなどと圧力をかけて同意書へ署名させることは避けるべきです。相殺を行う場合には、損害の内容と金額、相殺方法を十分に説明し、従業員が自由な意思で同意したことを書面で明確にしておくことが重要です。

4. 損害賠償請求するときの進め方

4.1 事実関係・証拠・損害額を確認する

まずは、従業員に責任を追及する前に、事実関係を正確に確認しましょう。

メールやチャット、業務システムのログ、契約書、伝票、防犯カメラ映像、入出金記録などの客観的な資料を確保し、誰が、いつ、どのような行為をしたのかを整理します。必要に応じて、本人や関係者へのヒアリングも行います。

あわせて、会社にどのような損害が生じたのか、その金額を資料に基づいて確認します。修理費、第三者への賠償額、横領された金額など、実際に発生した損害を具体的に算定することが重要です。

特に横領などの不正行為では、証拠隠滅のおそれもあるため、調査の順序や証拠の確保方法について慎重な対応が必要です。

4.2 労働者と会社双方の事情から適切な請求額を検討する

次に、実際の損害額のうち従業員にどこまで請求するのが相当かを検討します。

通常の業務上のミスでは全額請求が制限されることが一般的です。他方、横領や着服など故意の不正行為では、損害の全額について責任を追及できるのが原則です。

4.3 カウンターリスクや回収可能性も確認する

損害賠償請求をする際には、「法律上請求できるかどうか」だけでなく、実際に請求することによって生じるリスクも確認しておく必要があります。

まず注意したいのが、従業員からのカウンターです。会社からの損害賠償請求をきっかけとして、従業員から未払い残業代の請求、ハラスメントの主張、懲戒処分や解雇の無効主張などがなされることがあります。請求前に、自社の労務管理上の問題がないか確認しておくことが重要です。

また、従業員に十分な支払い能力(資力)がなければ、損害賠償請求が認められても実際には回収できないことがあります。仮に訴訟を提起して勝訴判決を得ても、従業員が任意に支払わなければ財産の差し押さえ(強制執行)を検討する必要がありますが、差し押さえる財産がなければ回収は困難です。

請求額、手続に要する費用や時間、従業員の資力なども踏まえ、分割払いの合意による解決を含めて現実的な回収方法を検討しましょう。

4.4 労働者と協議し、合意した内容を書面にする

請求額や方針が決まったら、まずは従業員との協議による解決を検討します。

会社が損害の内容や請求額の根拠を説明し、従業員にも事情を確認したうえで、支払額や支払方法について話し合います。

合意に至った場合には、損害の内容、支払額、支払期限、分割払いの場合の支払回数や金額などを書面にします。後日の争いを防ぐため、何についての支払いなのかを具体的に特定することも重要です。

4.5 合意できない場合は民事訴訟や調停を検討

話し合いで解決できない場合には、民事訴訟や調停による請求を検討します。

また、請求が事実的・法律的根拠を欠き、そのことを知りながら、または通常人であれば容易に知り得たのに訴訟を提起するなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合には、例外的に「不当訴訟」として会社側が不法行為責任を負う可能性があります(最高裁判所昭和63年1月26日判決 )。ただし、単に訴訟で敗訴しただけで不当訴訟になるわけではありません。

5. 損害賠償トラブルを防ぐために会社ができること

5.1 チェック体制・権限管理・従業員教育の整備

損害が発生した後に従業員へ請求するより、まず損害を発生させない仕組みを作ることが重要です。たとえば、次のような仕組みです。

  1. ① 高額な取引や送金について複数名の承認を必要とする
  2. ② 現金や在庫を一人で管理させない
  3. ③ システムのアクセス権限を必要な範囲に限定する
  4. ④ パソコンの操作ログを保存する

あわせて、ミスが起きやすい業務についてマニュアルを整備し、定期的な従業員教育を行うことも有効です。

5.2 保険への加入など損失を分散する対策

業務上一定の事故が想定される場合には、損害保険などによってリスクを分散することも重要です。

茨城石炭商事事件でも、会社が対物賠償責任保険や車両保険に加入していなかったことが、責任制限を判断する事情の一つとされました。事業内容に応じ、第三者への賠償、自社の財産損害、従業員による不正などに対応する保険の必要性を検討しましょう。

5.3 就業規則・雇用契約書・誓約書の見直し

就業規則には、従業員の服務規律、会社財産の管理、秘密保持、懲戒事由などを明確に定めておきましょう。

損害賠償についても、従業員の故意・過失によって会社に損害が生じた場合に、法令に従って賠償を求めることがある旨を定めておくことは考えられます。損害賠償に関する規定を設ける場合も、労働基準法16条や裁判例上の責任制限を踏まえた内容にする必要があります。

6. よくあるご質問

6.1 横領など故意の不正行為でも賠償額が減額されますか?

横領、着服など故意の不正行為では、通常の業務上のミスより責任制限が働きにくく、全額の賠償責任が認められるのが原則です。

ただし、会社側で不正の事実と損害額を立証する必要があります。

6.2 すでに退職した労働者にも損害賠償請求できますか?

すでに退職した労働者にも損害賠償請求はできます。退職したことだけで、在職中に生じた損害賠償責任がなくなるわけではありません。

ただし、損害賠償請求権には消滅時効があり、適用される期間は請求の法的構成や行為時期によって異なります。退職後に不正が判明した場合も、早めに証拠を確保して対応を検討しましょう。

6.3 誓約書に「会社に与えた損害を全額賠償する」と書けば有効ですか?

「会社に与えた損害を全額賠償する」という記載があるだけで、常に損害の全額を請求できるわけではありません。

実際に生じた損害を法令に従って賠償する旨を確認すること自体が直ちに禁止されるわけではありませんが、具体的な賠償額は、従業員の過失の程度や会社の管理体制などを踏まえて制限されることがあります。

6.4 身元保証人がいる場合、身元保証人に全額を請求できますか?

身元保証人がいても、当然に損害の全額を請求できるわけではありません。身元保証契約の有効性や期間、会社の監督上の過失などを確認する必要があります。

また、個人を身元保証人とする契約では、民法上の個人根保証契約として極度額(保証人が負担する責任の上限額)の定めが必要です。

6.5 損害賠償請求だけでなく懲戒解雇も同時にできますか?

損害賠償請求と懲戒処分は別の制度であるため、両方を行うこと自体は可能です。

ただし、就業規則の懲戒事由への該当性や、懲戒解雇という処分が行為の内容・程度に照らして相当かを別途検討する必要があります。

7. まとめ:まずは弁護士に相談

従業員への損害賠償請求は、損害額だけでなく、従業員の故意・過失、会社の管理体制、給与相殺の可否などを総合的に検討する必要があります。請求方法を誤ると、かえって労務トラブルが拡大することもあります。

従業員への損害賠償請求を検討している企業は、請求前の段階から企業法務・労働問題に詳しい弁護士へご相談ください。

監修者
よつば総合法律事務所 弁護士 村岡つばさ

企業法務部門責任者。会社の労働事件を専門とする弁護士団体(経営法曹会議)に所属し、社会保険労務士としても登録するなど、会社側の労働事件に注力しています。その他、リーガルチェック、債権回収、M&A、企業間紛争などの取り扱いが多数あります。千葉県弁護士会所属(登録番号53995)。

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