最終更新日:2026年8月19日
従業員の不正行為や就業規則違反が疑われる際、事実関係の調査や証拠隠滅を防ぐ目的で「自宅待機」を命じるケースは実務上よく見られます。
しかし、この調査期間中の自宅待機について、「実際には働いていないのだから、給与は支払わなくてよい(無給)」と安易に判断していませんでしょうか?
懲戒処分が確定する前の自宅待機命令は、対応を誤ると後々未払い賃金を請求されたり、不当な業務命令として労働トラブルに発展したりするリスクが潜んでいます。
本記事では、懲戒処分前の調査に伴う自宅待機命令の法的性質や、給与の支払い(全額支給か無給か)の判断基準、実務上の注意点や企業が陥りがちなNG対応について、弁護士がわかりやすく解説します。
1. 懲戒処分前に行う「調査目的の自宅待機命令」とは?
1.1 自宅待機命令の主な目的
調査目的の自宅待機命令とは、従業員に就業規則上の懲戒事由に該当する非違行為(法令や社内ルールに違反する不祥事など)の疑いが生じた際、調査期間中に自宅で待機させる業務命令です。職務への従事および出社は一時的に禁止します。
その主な目的には以下の3点があります。
- ① 証拠隠滅や関係者への不当な働きかけ(口裏合わせなど)の防止
- ② 職場秩序の混乱や業務上の重大な障害の発生防止
- ③ 調査対象となる資料・情報の保全と、公正な調査環境の確保
事実関係の調査中に対象者が通常通り勤務すると、社内パソコンデータの消去、重要書類の廃棄、関係者や目撃者への圧迫・口裏合わせなどが行われ、真相究明が困難になる恐れがあります。
そのため、企業の業務保全と公正な調査手続の担保を図る観点から、予防的・暫定的な措置として自宅待機命令を発令します。
1.2 懲戒処分である「出勤停止」との違い
よくあるのが、「自宅待機命令」と「出勤停止」が同じであるという誤解です。この2つは法的性質や目的が異なります。
| 項目 | 調査目的の「自宅待機命令」 | 懲戒処分としての「出勤停止」 |
|---|---|---|
| 法的性質 | 会社による業務命令・人事権の行使 | 就業規則上の懲戒罰 |
| 目的 | 事実関係の調査・検証、現場の混乱防止 | 過去の不正行為に対する制裁・懲罰 |
| 発令時期 | 調査段階(事実未確定の時点) | 事実関係の調査後、就業規則等に定める手続を経て処分を決定する時点 |
| 期間中の給与 | 原則全額支給 | 原則無給(就業規則に無給とする定めがある場合) |
事実関係を十分に確認しないまま懲戒処分としての出勤停止を命じると、懲戒事由の存在や処分の相当性等をめぐって処分の有効性を争われるおそれがあります。
調査のために一時的に就労させないのであれば、原則として業務命令としての自宅待機として取り扱いましょう。
1.3 就業規則に規定がなくても自宅待機命令は可能?
調査目的の自宅待機命令は、使用者の業務命令権を根拠として発令できます。そのため、原則として、就業規則に規定がなくても命じることが可能です。
ただし、自宅待機を命じることができるかという問題と、その期間の給与を支払わなくてよいかという問題は別の問題です。

2. 自宅待機中の給与
2.1 【原則】会社の命令で就労させない場合は給与全額を支払う
調査目的の自宅待機を命じた場合、自宅待機期間中の給与は、原則として全額支払わなければなりません。
この根拠となるのが、民法536条2項 です。同項では、債権者(会社)の責めに帰すべき事由によって債務を履行できなくなった場合、債務者(従業員)は反対給付(この場合は給与の支給)を受ける権利を失わないと定められています。
労働契約において、従業員は「労働を提供する義務」を負い、会社は「給与を支払う義務」を負っています。
従業員側が働く意思と能力を持っているにもかかわらず、会社側の経営判断や事情によって就労を拒否・免除している状態は、原則として「会社の責めに帰すべき事由」に該当します。
そのため、自宅待機命令の場合は、会社は原則として、通常の労働を行っていた場合と同様に給与全額を支払う義務を負います。
2.2 給与全額の支払いが不要になることは?
もっとも、不正行為の再発や証拠隠滅のおそれなど、従業員を就労させないことについて「緊急かつ合理的な理由」が認められる場合には、例外的に、給与全額の支払義務が否定されることがあります。
しかし、「緊急かつ合理的な理由」が認められるためには、単なる抽象的な懸念だけでは足りず、不正行為の再発や証拠隠滅のおそれを基礎付ける具体的な事情などが必要です。そのため、会社が給与全額の支払義務を免れるためのハードルは高いです。
会社としては、自宅待機中は給与全額を支払っておくのが安全でしょう。
3. 調査目的の自宅待機命令の実務対応・手続
3.1 自宅待機命令書の作成
自宅待機命令を発令する際は、後のトラブルや「言った、言わない」のすれ違いを防ぐ必要があります。そのため、原則として「自宅待機命令書」を直接渡して受領のサインをもらいましょう。
また、手渡しが難しい場合には、電子メールや郵送など、通知内容と送付の事実を後から確認できる方法で通知しましょう。
自宅待機命令書には、以下の項目を記載します。
- ① 発令日および待機期間(例:〇年〇月〇日から〇年〇月〇日まで)
- ② 自宅待機を命じる旨および出勤・会社施設への立ち入り禁止
- ③ 待機期間中の遵守事項(連絡方法、出社要請への対応、必要な場合の関係者への接触制限など)
- ④ 連絡体制(連絡方法、連絡先、必要に応じた連絡時刻など)
- ⑤ 待機期間中の給与の取扱い(給与を全額支給する旨の記載)
3.2 調査を速やかに進め、待機期間を必要最小限にする
自宅待機命令の期間について、「○日まで」「○か月まで」といった法律上の一律の上限はありません。
ただ、自宅待機命令は、あくまで事実確認までの暫定措置です。待機期間が必要以上に長引くと、会社の業務命令権の濫用として、自宅待機命令が無効と判断されるおそれがあります。
そのため、自宅待機を命じた直後から、速やかに調査を進めなければなりません。
3.3 自宅待機中の行動制限と連絡体制
従業員は通常の業務への従事を免除されていますが、雇用関係は継続しており、合理的な範囲の業務命令には従う必要があります。
そのため、自宅待機の目的を達成するために必要かつ相当な範囲で、以下のような待機中の遵守事項を指示することが考えられます。
- ① 所定労働時間中、会社から連絡可能な状態で待機すること
- ② 会社からの業務上必要な連絡に対応すること
- ③ 調査に必要なヒアリングや合理的な出社要請に応じること
- ④ 調査への影響を防ぐため必要な場合に、関係者への接触を控えること
- ⑤ 秘密情報や社内資料を持ち出し、第三者に開示しないこと
正当な理由なく、会社が合理的な範囲で定めた待機中の指示に違反した場合には、業務命令違反として問題となる可能性があります。

4. 調査期間中の自宅待機で企業がやりがちなNG対応と法的リスク
4.1 【NG】明確な根拠や特段の事情がないまま安易に無給処理する
調査段階の自宅待機期間を無給として扱うのは、法的に正当化されるためのハードルが高いです。
万が一、労働審判や裁判へ移行した場合、自宅待機期間中の未払い給与の支払いを求められる可能性があります。
4.2 【NG】調査を放置して自宅待機期間を不当に長期化させる
自宅待機を継続する必要性や合理性を欠く場合には、業務命令権の濫用として命令の有効性を争われる可能性があります。
この場合、会社は未払い給与の支払いはもちろんのこと、対応の悪質さや状況によっては損害賠償請求を受ける可能性もあります。
自宅待機命令後の調査は速やかに行いましょう。
4.3 【NG】自宅待機期間中に年次有給休暇の取得を強制する
年次有給休暇は、原則として労働者が請求した時季に与える制度です。
自宅待機を命じた期間について、会社が一方的に年次有給休暇を取得したものとして処理できるわけではありません。
4.4 【NG】懲戒処分を決定する前から「出勤停止」として扱う
事実関係の調査段階から、対象者を懲戒処分としての「出勤停止」として扱うことは避けるべきです。
懲戒処分としての出勤停止は、調査によって事実関係を確認したうえで、就業規則に定める懲戒事由に該当するか、出勤停止という処分が行為の内容や程度に照らして相当かなどを検討し、正式に決定するものです。
また、懲戒処分に先立って、従業員に弁明の機会を与える手続も遵守する必要があります。
5. よくあるご質問(FAQ)
5.1 就業規則に規定がなくても、自宅待機命令は出せますか?
会社の業務命令権に基づき、就業規則に明確な規定がなくても命令を出すことが可能です。
5.2 自宅待機期間はどの程度まで認められますか?
事案の複雑さや調査対象者の数にもよりますが、必要性がないにもかかわらず長期間にわたって自宅待機を継続すると、業務命令権の濫用として自宅待機命令の有効性を争われるリスクが高まります。
調査を速やかに完了させ、懲戒処分の可否決定または職務復帰を行いましょう。
5.3 自宅待機中の従業員に業務連絡や事実確認のヒアリングはできますか?
業務連絡や事実確認のヒアリングはできます。
会社は、自宅待機の目的や調査の必要性に応じて、ヒアリングのための出社や必要な連絡対応を求めることができます。合理的な範囲の業務命令であれば、従業員は原則としてこれに応じる必要があります。
5.4 自宅待機命令は口頭でもよいですか?書面を交付すべきですか?
自宅待機命令は書面を交付すべきです。
口頭のみでも業務命令は有効ですが、後日の認識の食い違いを防ぐため、原則として書面で通知しておくことをおすすめします。
5.5 給与全額(100%)ではなく休業手当(60%)でもよいですか?
原則として「休業手当(60%)」ではなく「給与全額(100%)」の支払いが必要です。
労働基準法26条 は、使用者の責めに帰すべき事由による休業について、平均賃金の60%以上の休業手当を支払うことを使用者に義務付けています。もっとも、民法536条2項 によって100%の給与請求権が存続する場合には、労働基準法26条の休業手当として「60%を支払えば足りる」ということにはなりにくいです。
懲戒処分前の調査目的による自宅待機は、原則として会社側の判断によって従業員の就労を認めない措置です。そのため、民法536条2項によって給与請求権が存続し、原則として給与全額の支払義務が生じます。
6. まとめ:懲戒処分前の調査や自宅待機命令の給与判断に悩んだら弁護士に相談
社内で従業員の不正行為や就業規則違反が発覚した際、事実確認と職場秩序の維持のために自宅待機命令は有用な措置です。
しかし、その運用や給与の取扱い方を誤ると、未払給与請求や自宅待機命令・懲戒処分の有効性をめぐる労働紛争など、企業側がリスクを背負うことになります。
従業員の不祥事対応や自宅待機命令の発令についてお悩みの際は、トラブルが深刻化する前に、弁護士へ早めにご相談いただくことをおすすめいたします。









