最終更新日:2026年8月17日
社員の業務上横領や取引先による詐欺など、企業が犯罪被害に遭った際は刑事告訴の検討が重要です。
しかし、警察に告訴を受理してもらうためには、「民事不介入」とされないための客観的な証拠集めや、告訴状の作成など専門的な知識が求められます。
本記事では、被害届との違いから具体的な手続きの流れ、並行して行うことがある民事対応のポイントまで解説します。トラブルの際は早めに弁護士にご相談ください。
1. 刑事告訴とは
1.1 企業が告訴を行うメリット
告訴とは、犯罪の被害者や一定の者が、捜査機関に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示をすることをいいます。
告訴の主なメリットは次のとおりです。
- ① 捜査を始めるきっかけになる
- ② 親告罪(被害者の告訴がなければ起訴できない犯罪)とされる一定の犯罪(名誉棄損罪、侮辱罪、器物損壊罪など)については検察官が犯人を起訴するための要件になる
被害者が企業である事件では、警察が事件を把握していないケースも少なくありません。告訴を行うことが捜査開始のきっかけとなることがあります。
また、企業が犯罪に巻き込まれたときに告訴を行う目的には次のようなものがあります。
- ① 被害額の返金を受ける可能性を高める
- ② 事案解明の促進
- ③ 犯罪に厳格に対応するというメッセージを内外に発信する
刑事告訴によって相手方が被害弁償や示談を申し出るケースもあり、結果として損害回復につながることもあります。さらに、不正行為に対して厳正に対応する姿勢を示すことは、社内のコンプライアンス意識の向上や再発防止にもつながります。
1.2 「被害届」と「刑事告訴」の違い
「被害届」とは、犯罪の被害に遭った人が、その内容を警察に申告する書類です。この「被害届」には、「犯人の処罰を求める意思表示」までは含まれていませんが、「刑事告訴」には含まれています。
親告罪と呼ばれる一定の犯罪については、この「犯人の処罰を求める意思表示」を含む「刑事告訴」がなければ、検察官が起訴することができません。
また、告訴の場合は、検察官は告訴人に捜査の結果(起訴・不起訴等の処分)を通知しなければなりません。被害届の場合は通知の義務はありません。

2. 企業が刑事告訴を検討すべき主なケース
2.1 【社員】業務上横領・営業秘密侵害・窃盗・暴行など
社員による不正行為は、企業に金銭的損害を与えるだけでなく、社内秩序や取引先からの信用、社会的評価にも悪影響を及ぼします。そのため、企業を守るためには、不正行為に対して毅然と対応することが必要となる場合があります。
たとえば、以下のようなケースでは刑事告訴を検討する余地があります。
- 売上金や会社資金を着服した(業務上横領罪)
- 会社の備品や商品を持ち出した(窃盗罪)
- 顧客名簿や営業秘密を競合他社へ持ち出した(不正競争防止法違反など)
- 上司や同僚を殴った(暴行罪)
告訴の際には、証拠が十分に存在するか、犯罪の構成要件(犯罪が成立するための条件)に該当するかを慎重に検討する必要があります。
2.2 【取引先】詐欺・営業秘密侵害・著作権侵害など
取引先とのトラブルも、場合によっては刑事事件となることがあります。たとえば、次のようなケースです。
- 初めから代金を支払う意思がなく、商品を騙し取られた(詐欺罪)
- 技術資料や営業秘密を不正に取得・使用された(不正競争防止法違反)
- ソフトウェアやデザイン、写真等を無断で複製・利用された(著作権法違反)
ただし、単なる契約違反や未払いは、民事上の債務不履行にすぎません。そのため、刑事事件にはならず、捜査機関から「民事不介入」(警察などの公的機関が、私人間の民事上のトラブルには介入しないという原則)として告訴を受理されないことがあります。
特に詐欺罪についてはハードルが高く、「契約締結時から欺く意思があったか」といった事情があるか慎重に検討する必要があります。
3. 警察に告訴状を受理してもらうためのポイント
3.1 「民事不介入」と判断されないように注意を払う
刑事告訴は、告訴状を提出すれば当然に受理されるわけではありません。犯罪の疑いが十分に認められない場合や、民事上の紛争にすぎないと判断された場合には、受理を見送られることもあります。
そのため、「初めから騙す意思があった」「会社の財産を着服した」「営業秘密を違法に持ち出した」といった犯罪事実を具体的に示す証拠を確保し、必要な事実がそろっているかを事前によく確認しましょう。
3.2 「客観的な証拠」の確保と整理
「客観的な証拠」とは、たとえば次のような証拠です。
- 契約書、発注書、請求書、領収書などの取引に関する資料
- メール・チャットの履歴、通話の録音などやり取りを示す資料
- 口座の入出金記録、会計帳簿などの金銭の流れを示す資料
- 防犯カメラ映像、パソコンのアクセスログ
証拠は後から改ざん・削除されることもあります。たとえば、社員による営業秘密の持ち出しが疑われる場合には、パソコンやサーバーのログを保存したり、退職前にアクセス権限を変更したりすることも検討すべきです。
また、メールやチャットについてもスクリーンショットだけでなく、可能であれば元データのまま保存しておく方が、後の立証に役立ちます。
3.3 事実関係を時系列で整理した報告書の作成
企業の関係する事件では、関係者が多くなるケースもみられ、事情が複雑になりがちです。
そのため、いつ、誰が、何をしたのか、及びそれを裏付ける証拠を時系列で整理した報告書を告訴状とは別に作成しておくと、捜査機関も内容を把握しやすくなります。
3.4 「告訴状」の作成と警察窓口との事前協議
告訴は口頭でも理論上は可能ですが、事実や処罰の意思を明確に伝えるためにも、告訴状を作成して提出しましょう。告訴状には、「誰が」「誰を」「どのような犯罪事実について」処罰してほしいのかを明確に記載する必要があります。
また、告訴状には、次のような事項を記載します。
① 提出先
警察署に提出する場合は、「〇〇警察署長殿」といった書き方をするのが一般的です。なお、告訴は検察庁に対して行うことも可能ですが、警察署に提出するのが一般的です。
② 告訴人の表示
氏名、住居、職業、生年月日などです。
③ 被告訴人の表示
氏名、住居、職業、生年月日などです。犯人が特定できない場合は「氏名不詳」として、身体的特徴や事件当時の服装などを記載することも可能です。また、住居が不明な場合には「住居不明」等と記載します。
④ 告訴の趣旨
厳重な処罰を求める旨の意思表示を明確に記載します。
⑤ 告訴事実
犯罪の日時、場所、態様、被害内容など、犯罪行為が特定できる程度に記載する必要があります。
⑥ 告訴に至る経緯・事情
事件の背景や経緯を時系列などで記載するのが一般的です。
⑦ 立証方法・添付書類
証拠資料や、代理人による告訴の場合は委任状などを添えることがあります。
また、いきなり警察署の窓口に告訴状を持参するよりも、事前に担当部署に連絡し、資料や告訴状の内容について共有・相談しておくことで、受理がスムーズに進みます。

4. 刑事告訴を進める具体的な手続きの流れ
4.1 ステップ①:事実関係の調査・証拠保全
まずは社内調査を行い、関係者へのヒアリングや資料収集を進めます。
証拠の散逸を防ぐため、電子データのバックアップやアクセス制限なども必要に応じて実施します。
4.2 ステップ②:弁護士への相談・告訴状の作成・警察への事前相談
犯罪の成否や必要な証拠を整理した上で、告訴状を作成します。
企業の刑事事件は法的論点が複雑になることも多いため、早い段階で弁護士へ相談することが望ましいでしょう。
4.3 ステップ③:告訴状の提出・受理と警察による捜査
告訴状が受理されると、警察は必要な捜査を開始します。警察は次のようなことを必要に応じて行います。
- 告訴人からの事情聴取
- 関係資料の収集
- 被疑者や関係者からの事情聴取
- 捜索・差押え(裁判官の令状が必要)
ただし、告訴が受理されたからといって必ず十分な捜査が行われることが保証されているわけではありません。事案や証拠の内容に応じて捜査が進められます。
なお、親告罪の場合は、原則として犯人を知った日から6か月を経過すると告訴できなくなりますので、期限についての注意も必要です。
4.4 ステップ④:検察庁への送致・刑事処分の決定(起訴・不起訴)
警察は、捜査が終わると捜査結果を検察官へ送致します。その後、検察官が証拠関係などを踏まえ、起訴・不起訴を判断します。
告訴事件については、検察官はこの処分結果(起訴・不起訴)を告訴人に通知しなければなりません。また、告訴人の請求があった場合は、検察官は不起訴の理由を告げなければなりません。
5. 刑事告訴と並行して進めること
5.1 民事上の損害賠償請求
告訴して、刑事手続きが進んだだけでは、犯罪によって企業の受けた金銭的損害は回復できません。刑事の手続きとは別に、損害賠償請求といった民事の手続きを進め、金銭の回収を図る必要があります。
刑事事件と民事事件をどのような順番で進めるかについては、個別の事案に応じた慎重な検討が必要ですので、弁護士へのご相談をおすすめします。
5.2 (対象が社員の場合)懲戒解雇など社内処分
犯罪を行ったのが社員である場合は、社内処分を検討することになります。
ただし、犯罪を行った証拠があるからといってすぐに懲戒解雇等を行ってしまうと、労務トラブルに発展するおそれがあります。就業規則等をよく確認し、慎重な検討を行う必要があります。
5.3 相手方からの示談の申し入れや被害弁償への対応方法
刑事事件では、相手方から示談や被害弁償の申し入れがあることがあります。
ただし、「被害額を全額返金する」と言われたからといって、直ちに示談に応じるべきとは限りません。
たとえば、 被害の全容が判明していない状況で示談してしまうと、後日、把握していたよりも被害が大きいことがわかり、被害額の十分な弁償が受けられなくなる可能性もあります。特に、示談の際に、「一切の債権債務がないことを相互に確認する」などの清算条項が盛り込まれると、後から追加の損害賠償を請求できなくなる可能性があります。
また、「告訴を取り下げてくれたら後から示談金を支払います」といった内容で示談するのは、告訴を取り下げた後に示談金が支払われない可能性があるため危険です。あくまで、示談金の入金を確認した後で告訴を取り下げるという内容で示談すべきでしょう。
なお、示談して告訴を取り下げても、親告罪を除いて必ず事件が終了するわけではありません。業務上横領罪や詐欺罪といった非親告罪では、告訴が取り下げられても、検察官は事案の内容などを踏まえて起訴することがあります。ただし、示談の成立や被害弁償は、起訴・不起訴の判断や量刑に当たって加害者に有利な事情として考慮されることがあります。
示談交渉は刑事・民事双方への影響を踏まえ、弁護士と相談しながら進めることが望ましいでしょう。
6. よくあるご質問(FAQ)
6.1 代金を払ってくれない取引先を詐欺罪で刑事告訴できますか?
未払いという事実だけでは、通常は詐欺罪にはなりません。
契約時点から代金を支払う意思がなく、欺いて契約を締結したことを裏付ける事情が必要です。詐欺罪のハードルは相当高いですが、まずは契約書や交渉経緯を確認し、刑事事件として成立する可能性が少しでもあるかを検討することが重要です。
6.2 刑事告訴したことや被害事実を公表・報道発表してもよいですか?
原則として慎重に判断すべきです。
刑事告訴を行ったことや被害事実を公表すること自体が直ちに違法となるわけではありません。
しかし、相手方を特定できる形で犯罪の疑いを公表すると、たとえ公表した内容が真実であっても、名誉毀損等を理由として紛争になる可能性があります。
また、捜査中に詳細な事実や証拠を公表すると、関係者の口裏合わせや証拠隠滅を招くなど、警察の捜査に影響を及ぼすおそれもあります。
公表する必要性がある場合でも、公表する範囲や表現は必要最小限にとどめ、犯罪者であることが確定したかのような断定的な表現は避けるべきです。
6.3 相手が「全額弁償するから告訴を取り下げてほしい」と言ってきた場合の対応は?
まず、実際に全額を振り込んでもらうか、現金でもらうかまでは慎重に手続きを進める必要があります。「約束をしたものの支払いがない」という事態を避けるためです。
また、被害弁償は重要ですが、他の要素も考慮する必要があります。①刑事事件への影響、②再発防止や企業としての対応方針との整合性、③他の被害の有無なども踏まえて総合的に判断することが重要です。
6.4 弁護士に刑事告訴の代理・警察交渉を依頼するメリットは?
弁護士は、犯罪の成否を法的に検討した上で、証拠の整理や告訴状の作成を行うことができます。
また、警察との事前協議や受理後の対応についてもサポートできるため、告訴が円滑に進む可能性が高まります。
7. まとめ:社員・取引先との刑事トラブルに悩んだら早めに弁護士に相談
企業が刑事告訴を検討する場面では、犯罪が成立するかどうかの判断だけでなく、証拠の収集・整理や告訴状の作成、警察への対応など、専門的な知識と準備が求められます。
また、刑事告訴と並行して、損害賠償請求などの民事上の対応や、社員が相手方である場合には懲戒処分などの社内対応を進めることも重要です。
社員や取引先による犯罪被害でお困りの際は、お早めに弁護士にご相談ください。







