最終更新日:2026年9月2日
M&Aでは、対象会社の財務状況だけでなく、契約、許認可、知的財産、労務などに関する法的リスクを事前に確認することが重要です。
買収後に問題が発覚すると、多額の負担が生じたり、予定していた事業を継続できなくなったりすることがあります。
このようなリスクをM&A実行前に調査する手続きが「法務デューデリジェンス(法務DD)」です。本記事では、法務DDの目的や調査項目、手続きの流れ、費用・期間の目安について解説します。
1. 法務デューデリジェンス(法務DD)とは
1.1 法務DDの意味
「デューデリジェンス(Due Diligence・DD)」とは、M&Aを実行する前に、買収対象となる会社や事業の実態、問題点、リスクなどを調査する手続きです。そのうち、法律上の問題やリスクを調査するものを「法務デューデリジェンス(法務DD)」といいます。
法務DDで発見したリスクを買収価格や契約条件に反映させることが、法務DDの重要な目的です。
1.2 他のDD(財務・税務・労務など)との違い
M&Aでは、法務DD以外にも複数のデューデリジェンスが存在します。代表的なDDと、その調査内容は次のとおりです。
| DDの種類 | 主な調査内容 |
|---|---|
| 法務DD | 契約、株式、許認可、知的財産、紛争、コンプライアンスなど |
| 財務DD | 売上・利益、資産・負債、キャッシュフロー、簿外債務など |
| 税務DD | 法人税・消費税等の申告状況、税務リスクなど |
| ビジネスDD | 市場環境、競争力、顧客構成、事業計画の妥当性など |
| 人事・労務DD | 人員構成、人件費、労働時間、未払残業代、労使関係など |
M&Aにあたって、これらすべてのDDを実施しなければならないわけではありません。案件の規模や内容、想定されるリスク、予算などに応じて、実施するDDの種類や範囲を決めることになります。
1.3 法務DDの必要性
法務DDでリスクを事前に把握することで、買収価格の調整、M&A実行前の是正、表明保証・補償条項による対応などを検討できます。重大なリスクがある場合には、取引自体を中止する判断につながることもあります。

2. 法務デューデリジェンスを実施しないリスク
2.1 買収・取引後の予期せぬ負債の発覚
法務DDを実施しないと、隠れていた法的な債務を見逃してしまう可能性があります。たとえば、以下の債務です。
- 過去の契約違反に基づく損害賠償義務
- 製品事故などについて将来発生する可能性のある損害賠償義務
- 第三者の債務についての保証
- 係争中または紛争化する可能性がある請求
こうした問題がM&A後に判明すると、多額の支払いが必要となり、結果として当初の買収価格が割高だったことが判明する可能性があります。
2.2 主要契約の解除・取引停止リスク
対象会社の事業が特定の取引先などとの契約に大きく依存している場合、主要契約の確認は特に重要です。
株式譲渡などのケースでは、チェンジ・オブ・コントロール条項に注意が必要です。取引先との契約書には、株主や経営権の変更を契約解除や事前承諾の対象とする「チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)」が定められていることがあります。このような条項がある場合、主要契約を継続するために取引先の承諾等が必要になることがあります。
また、事業譲渡のケースでは、契約の承継自体が問題となります。事業譲渡では、売主が締結している契約が自動的に買主へ承継されるわけではありません。そのため、契約上の地位を買主へ移転するためには、原則として契約相手方の承諾が必要です。
2.3 許認可の承継可否や必要な手続きの見落とし
M&Aの方法によって、許認可への影響は異なります。
株式譲渡では会社自体は変わらないため、許認可もそのまま維持されることが多いです。ただし、役員や主要株主の変更に伴う届出が必要となる場合や、許可要件を改めて確認する必要がある場合もあります。
一方、事業譲渡では事業を行う法人自体が変わるため、原則として許認可をそのまま引き継ぐことができず、買い手側で新たな許可取得等が必要になる場合があります。
許認可を取得できなければ、M&Aを完了しても事業を開始・継続できない可能性があります。
2.4 労働トラブルや訴訟リスクの抱え込み
対象会社の労務管理に問題がある場合、M&A後に従業員から請求を受けたり、労働審判や訴訟に発展したりする可能性があります。典型的には、以下の問題が挙げられます。
- 未払残業代
- ハラスメント
- 解雇・雇止め・退職勧奨をめぐる紛争
- 労働組合との紛争
- 労働基準監督署からの是正勧告や行政指導
特に株式譲渡では対象会社自体は存続するため、買収前に生じた未払残業代などについても、対象会社が引き続き責任を負います。
訴訟等に至っていない従業員からの請求や申告、労働基準監督署への対応状況なども確認します。
3. 法務デューデリジェンスの主な調査項目
3.1 会社組織・株式
まず、対象会社自体や株式の状況を確認します。具体的には、以下の項目などを調査します。
- 定款
- 商業登記簿
- 株主名簿(名義株や所在不明株主がいないか)
- 株主総会・取締役会議事録
- 過去の株式発行・増資に関する資料
- 新株予約権
- 株式譲渡制限
特に株式譲渡によるM&Aでは、売主が本当に対象株式を保有しているのか、過去の株式発行や譲渡に必要な手続きが適法に行われているのかを確認します。名義株や所在不明株主が存在すると、予定どおりに全株式を取得できないこともあります。
3.2 契約関係
対象会社が締結している契約のうち、重要なものを中心に確認します。たとえば、以下の契約です。
- 主要顧客・仕入先との取引基本契約
- 業務委託契約
- 不動産賃貸借契約
- 金銭消費貸借契約
- ライセンス契約
- 保証・担保に関する契約
契約期間だけではなく、解除条項、契約上の地位の譲渡制限、チェンジ・オブ・コントロール条項、違約金、独占条項、競業避止義務なども確認します。
3.3 資産・知的財産権・IT・個人情報
事業に不可欠な資産を、対象会社自身が適法に保有・利用できているかを確認します。不動産については所有権や抵当権、賃借権などを確認します。
知的財産権については、対象会社が権利を保有しているか、必要なライセンスを取得しているか、第三者の権利を侵害していないかなどを確認します。従業員や委託先が作成した成果物の権利帰属の確認も重要です。
ITについては、事業運営に重要なシステムについて、SaaS等の利用契約やソフトウェアのライセンス、M&A後も継続して利用できるかなどを確認します。
また、個人情報については、取得・利用・第三者提供の方法や安全管理措置、過去の重大な情報漏えいの有無などを確認します。
3.4 人事・労務関係
人事・労務については、雇用契約書や就業規則だけではなく、実際の運用状況を確認することが重要です。
主な調査項目として、以下が挙げられます。
- 従業員数・雇用形態
- 雇用契約書・労働条件通知書
- 就業規則・賃金規程
- 勤怠記録・36協定・未払残業代
- 社会保険・労働保険
- 退職金制度
- 労働組合
- ハラスメント等の社内トラブル
帳簿上の人件費だけでは分からない、潜在的な労務債務がないかを確認することが重要です。
3.5 許認可・コンプライアンス
事業に必要な許認可について、必要な許可を取得しているか、有効期間が切れていないか、予定しているM&Aの方法によって承継できるかなどを確認します。
さらに、業種ごとに適用される法令について違反がないかも確認します。過去に行政指導や行政処分を受けている場合には、その内容や改善状況も重要です。
そのほか、反社会的勢力との関係や不正な利益供与など、コンプライアンス上の重大な問題がないかも調査します。
3.6 紛争・訴訟
現在進行中の裁判だけでなく、将来紛争になる可能性がある案件も確認します。たとえば、以下の項目です。
- 訴訟
- 内容証明郵便による請求
- 顧客からの重大なクレーム
- 取引先との損害賠償問題
- 行政機関による調査
- 知的財産権侵害の警告
現在は裁判になっていなくても、すでに重大なクレームが発生している場合には、将来負担する可能性のある損害額も考慮する必要があります。

4. 法務デューデリジェンスの手続きと全体の流れ
4.1 秘密保持契約の締結・調査範囲の決定
法務DDでは、対象会社の多数の機密情報を扱います。そのため、通常は情報開示に先立って秘密保持契約(NDA)を締結します。
そのうえで、以下の項目を具体的に決めていきます。
- 重点的に確認する分野
- 子会社や関連事業を含めるか
- 調査対象とする契約などの重要性基準
- 調査期間・予算
買収金額や対象会社の業種、想定されるリスクに応じて、調査範囲にメリハリをつけることが重要です。
4.2 開示資料の請求・開示
調査範囲が決まったら、買い手側から売り手側へ資料の開示を依頼します。一般的には、弁護士等が「資料依頼リスト」を作成し、それに沿って売り手側が資料を準備します。
必要な資料が存在しない場合や、開示されていない場合には、その理由自体が重要な調査事項になります。
4.3 開示資料の精査・マネジメントインタビュー
開示された資料を弁護士等が確認し、書類だけでは分からない事項については、経営者や担当者へのマネジメントインタビューを実施します。
たとえば、株主総会議事録が作成されていなければ、過去の増資や役員選任等の手続きに問題がないかを確認する必要があります。また、契約書の記載と実際の取引方法が異なる場合には、経営者へのヒアリング等によって実態を確認します。
4.4 法務DD報告書の作成
調査結果は、通常、法務DD報告書として整理します。
報告書では、発見された問題の内容、発生可能性や影響、M&A実行前に必要な対応、リスクを回避・軽減するための方法などを整理します。
4.5 株式譲渡契約等への反映・リスク対策の実施
法務DDで判明したリスクを踏まえ、買収価格や契約条件について交渉します。
5. 発見されたリスクへの対応方法
5.1 買収価格の調整
金銭的な負担が見込まれる問題が判明した場合には、その金額を買収価格へ反映する方法があります。
たとえば、多額の未払残業代が見込まれる場合や、将来損害賠償責任を負う可能性が高い場合に、リスクを考慮した価格での取引を交渉することになります。
5.2 表明保証・補償条項によるリスクヘッジ
M&A契約では、訴訟の有無や重要な契約の履行状況などについて、売主に一定の事実を表明・保証してもらうことがあります。
表明保証が事実と異なっていた場合の補償や、すでに判明している特定のリスクについて個別の補償条項を定めることもあります。補償の対象、請求期間、上限額なども明確にしておくことが重要です。
5.3 クロージング前の是正・前提条件の設定
M&Aを実行する前に解決できる問題であれば、売主側に是正を求める方法があります。たとえば、以下の是正方法が考えられます。
- 重要な取引先からM&Aに関する承諾を取得する
- 必要な許認可を取得する
- 必要な知的財産権の譲渡やライセンスを受ける
- 未払賃金を精算する
特に重要な事項については、その対応をクロージング(M&Aの最終的な実行手続き)の前提条件と定めることがあります。対応を前提条件とすることで、問題を抱えたままM&Aを実行するリスクを軽減できます。
5.4 リスクが重大な場合は取引中止も検討
すべての問題を契約条項や価格調整によって解決できるとは限りません。重大なリスクがあり、解消もできない場合には、M&Aの中止も選択肢となります。
6. 法務デューデリジェンスにかかる費用と期間の目安
6.1 法務DDの費用は案件の規模・調査範囲によって異なる
法務DDの弁護士費用について、法律上決まった金額や統一された相場があるわけではありません。中小企業のM&Aについては、一般的な実務上の目安として、法務DD単体で50万円から300万円程度と紹介されることがあります。
一般的には、以下の要素によって費用は変わってきます。
- 対象会社の規模
- 子会社・関係会社の数
- 調査対象となる事業の数
- 業種や許認可の複雑さ
- 海外事業の有無
- 調査期間
- 報告書の内容・詳細さ
重要なのは、単純に安い費用で依頼することではなく、「どの範囲を、どの程度調査する費用なのか」を確認することです。予算に限りがある場合には、弁護士と相談して調査範囲を絞る方法もあります。
6.2 法務DDに必要な期間を左右する要素
法務DDに必要な期間も、案件によって大きく異なります。小規模で資料が整理されている案件では数週間程度で実施できる場合もあります。
一方で、調査範囲が広い場合や追加調査が必要な場合には、1か月以上を要することもあります。
たとえば以下の事情が、必要な期間に影響を与えます。
- 対象会社の規模
- 資料の量・整理状況
- 売り手側の資料開示や追加質問への回答の速さ
- 追加調査の必要性
- 許認可など専門的な調査の有無
必要な期間については弁護士と打ち合わせをしたうえで、クロージング予定日から逆算し、法務DDだけでなく、その後の契約交渉・問題の是正に必要な時間も確保してスケジュールを設定しましょう。
7. よくあるご質問(FAQ)
7.1 小規模なM&Aや事業承継でも法務DDは必要ですか?
小規模なM&Aでも、法務DDを行う必要性はあります。
むしろ中小企業こそ、経営者個人と会社の取引が混在していたり、労務管理が十分でなかったりすることが多くあります。買収金額が小さいからといって、法的リスクも小さいとは限りません。
ただ、買収金額に対して法務DD費用が過大となることもあります。その場合には、すべての項目を調査するのではなく、M&Aの実行や事業継続に重大な影響を与える項目に絞って調査することも考えられます。
7.2 売り手側が準備しておくべきことは何ですか?
売り手側では、あらかじめ会社関係の資料を整理しておくことが重要です。特に、以下の資料は整理しておく必要性が高いです。
- 定款・登記関係資料
- 株主名簿・株主総会議事録
- 主要な契約書
- 許認可関係資料
- 就業規則・雇用契約書
- 知的財産権関係資料
- 訴訟・クレーム関係資料
売り手にとって不利な情報であっても、重要な事項については適切に開示する必要があります。後から問題が発覚すると、表明保証違反や補償請求などの紛争につながる可能性があります。
7.3 発見されたリスクはどのように解決・対処すればよいですか?
発見されたリスクへの対応は、その内容や重大性によって異なります。
買収価格への反映、M&A実行前の是正、表明保証・補償による対応などを検討し、重大な場合には取引を中止することもあります。
7.4 弁護士・公認会計士・税理士などはどのように役割分担しますか?
一般的には、弁護士が法務DD、公認会計士が財務DD、税理士が税務DDを担当します。
ただ、実際の問題は各分野にまたがることがあります。M&Aを円滑に進めるためには、各専門家が問題を相互に共有しながら対応することが望ましいでしょう。
8. まとめ:法務デューデリジェンスで安全なM&A
限られた予算やスケジュールの中で、法務DDをどこまで行うべきか悩むことも少なくありません。その場合には、事業継続に重大な影響を与える項目に絞って調査する方法もあります。
法務DDの適切な範囲は、M&Aの規模や内容、想定されるリスクによって異なります。M&Aや事業承継を検討している場合には、期間や予算も含め、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。









