従業員が逮捕された場合に企業がとるべき対応

目次

1. はじめに:水谷一平氏の違法賭博疑惑

アメリカのメジャーリーグの野球チームであるロサンゼルス・ドジャースが、違法賭博に関与したと疑われる水原一平氏を解雇したというニュースが社会的注目を集めています。

このニュースは経営者にとって無関係ではありません。飲酒に関する犯罪、痴漢や盗撮といった性犯罪で従業員が逮捕されるケースは十分に想定されます。

そこで、本記事では自社の従業員が逮捕されたときの対応方法を、日本の法律を元にして解説します。

2. 逮捕後の身柄拘束期間

逮捕されると、1つの犯罪について最長で23日間身柄を拘束されます。

逮捕後の流れは次のとおりです。

① 逮捕から勾留まで

逮捕による身柄拘束は、法律上72時間が限度です。

72時間を超えて拘束を続ける必要があるときは、勾留に移行します。

② 勾留から起訴まで

勾留の期間は、1つの犯罪について20日間が限度です。この20日で検察官は起訴か不起訴の判断をします。

起訴されると刑事裁判になりますが、起訴後も身柄拘束が続くかどうかは事件によって異なります。一方、不起訴になると、その時点で刑事処分手続は終了します。

3. 事実関係の確認が重要

従業員が逮捕された事実は、従業員の親族からの連絡やマスコミの報道などにより発覚します。

しかし、逮捕されたことを理由として直ちに従業員を懲戒解雇するのは危険です。刑事処分が確定するまでは無罪推定が働くという原則があるからです。無罪判決が確定すれば、従業員から解雇が無効であるとして訴えられるリスクがあります。

企業が適切な対応をするためには、まず事実関係を調査し確認することが重要です。

① 確認すべき事実関係

確認すべき事実関係には次のような内容があります。

  • 事件の事実関係
  • 本人が犯行を認めているか
  • 身柄拘束により出勤できない期間
  • 被害者から会社への抗議の有無
  • 就業規則上の懲戒事由に該当するか
  • 本人の退職の意思の有無
  • マスコミの報道の有無

② 確認する方法

事実関係を確認する方法は、本人からの事情聴取、弁護人からの事情聴取、親族からの事情聴取、マスコミの報道内容の確認などがあります。

この中で、本人からの事情聴取が最も重要です。

本人は事件の事実関係について最も詳しいはずです。また、退職の意思の有無などは通常本人にしかわかりません。警察署内の留置場などで接見という形で事情聴取をしますが、時間が限られているため、事前に聴取事項をまとめておきましょう。

弁護人から事情を聴くという手段もありえます。しかし、弁護人は守秘義務を負っているため、全ての情報を話せるわけではありません。

また、親族からの事情聴取やマスコミの報道内容は正確性に欠けることがあります。全てを鵜吞みにすることは控えるべきです。

4. 逮捕された従業員の給与や懲戒解雇

① 給与

では、逮捕された従業員に給与を支払う必要はあるでしょうか?

身柄拘束の期間は従業員は出勤しません。従業員が労務の提供をしない以上、ノーワークノーペイの原則により会社は従業員に給与を支払う必要はありません。

ただし、従業員が有給休暇の申請をしたときは、基本的には応じる必要があります。

また、逮捕・勾留を理由とする休職の定めがある就業規則があるときは、休職となることもあります。この場合の給与の取扱いは、就業規則の定めによります。

② 懲戒解雇

では、逮捕された従業員を懲戒解雇することはできるでしょうか?

従業員を直ちに懲戒解雇することは危険です。懲戒解雇するとしても、刑事処分が確定した後などにすることが望ましいです。

ただし、刑事処分が確定し、就業規則上の解雇事由に当たるときでも、必ず解雇が有効となるわけではありません。解雇が無効となった裁判例を3つ紹介します。

裁判例1:東京地方裁判所平成27年12月25日判決

(事案の概要)

鉄道会社の駅係員が、通勤中の電車で14歳の女性に痴漢行為をしたとして有罪となった事案

(判決の要旨)

次のような理由から、解雇が無効となりました。

  1. 業務時間外の痴漢行為であること
  2. 痴漢行為の内容は電車の中で5~6分にわたって被害女性の臀部及び大腿部の付近を着衣の上から触るというものであり、悪質性の比較的低い行為であること
  3. 刑事処分の内容が軽微な略式命令にとどまっていること
  4. マスコミによる報道がされず、会社が社外から苦情を受けたという事情もないこと

裁判例2:名古屋地方裁判所平成15年5月30日判決

(事案の概要)

トラック運転手が、職場で同僚の胸ぐらをつかんで揺さぶるなどの暴行を加え、暴行罪で罰金10万円の略式命令を受けた事案

(判決の要旨)

次のような理由から、解雇が無効となりました。

  1. 暴行自体は偶発的で軽微なものにとどまること
  2. 役職者ではなく、暴行事件が社外に大きな影響を与えるというような立場にはないこと
  3. 解雇によらずとも職場秩序の回復を図ることは十分可能であったこと

裁判例3:金沢地方裁判所昭和60年9月13日判決

(事案の概要)

タクシー会社に勤務する運転手が非番の日に酒気帯び運転により罰金刑を受けた事案

(判決の要旨)

次のような理由から、解雇が無効となりました。

  1. 酒気帯びは業務時間外であったこと
  2. 運転した車は自家用車であったこと
  3. 飲酒直後ではなく入浴し、約4時間の仮眠後の運転であり酒気帯びの程度が弱いこと、④ 新聞報道されず、事件が会社の評判に悪影響を与えたという証拠もないこと

裁判例のまとめ

裁判例は、犯罪の内容、起訴の有無、犯罪についての刑事処分の内容、報道の有無、犯罪の内容と従業員の職種との関係、従業員の会社での地位、過去の懲戒歴の有無や事件以前の勤務態度、過去の会社の対応との公平性などの様々な事情を総合考慮して、懲戒解雇の有効性を判断しています。

懲戒解雇が有効かどうかを事前に判断することが難しい事案もあります。

そのため、雇用を終了する方向で進めるときは、懲戒解雇ではなく本人との話し合いによる合意退職も選択肢の1つにしましょう。

5. 社内や社外への公表の注意点

① 社内への公表の注意点

従業員が逮捕された場合、社内で本人が出勤できないことを周知して、他の従業員に業務をカバーしてもらう必要があるでしょう。

その場合でも、名誉棄損とならないよう次のような配慮が望ましいでしょう。

  • 出勤できない理由は伏せる
  • 出勤できない理由を伝えるとしても、実際に罪を犯したとは断定しない表現にする

② 社外への公表の注意点

従業員の逮捕が報道されたときは、企業の信頼回復のため外部にコメントを出すことがあります。この場合にも、実際に罪を犯したような断定的な表現は避けるべきです。

6. まとめ:従業員の不祥事は迅速かつ慎重に対応

従業員の不祥事は、迅速かつ慎重な対応が必要です。

もっとも、従業員の不祥事が起こる確率はそれほど高くありません。そのため、社内だけで解決しようとすると、対応が遅れたり、対応を誤ってしまうこともあります。

従業員の不祥事が発生したときは、弁護士への相談も選択肢の1つにすることをおすすめします。

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監修者:弁護士 大竹裕也

※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。