新型コロナウイルスと労務管理-休業期間中の賃金について

はじめに

新型コロナウイルスの影響で、飲食店、イベント業、派遣業等、多くの企業様で甚大な被害が生じています。千葉県も、先日発令された緊急事態宣言の対象に含まれており、今後、更なる影響が生じることが予想されます。

当事務所でも、千葉県の企業様に限定して、無料法律相談を実施しておりますが(詳しくはこちらをご覧ください)、最もご相談の多い「休業期間中の賃金」について、記事を書きました。

新型コロナウイルスに関する企業様向け無料法律相談

なお、本記事の記載内容は、記事を作成した時点(令和2年4月20日)での、一弁護士個人の見解ですので、ご了承ください。

また、各ケースに記載したQ&Aは、厚生労働省のHP-「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」よりピックアップしたものとなります。

厚生労働省のHP 「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」

目次

  • 休業期間中の賃金-法律上の仕組み
  • ケース1-労働者が新型コロナウイルスに感染した場合
  • ケース2-労働者が新型コロナウイルスに感染した可能性(自覚症状)がある場合
  • ケース3-小学校等の臨時休校により労働者が出勤できない場合
  • ケース4-緊急事態宣言の要請等により休業せざるを得ない場合
  • ケース5-自主的に休業をする場合(売上減少
  • 感染予防等)や、取引先の臨時休業
  • キャンセル等により休業せざるを得なくなった場合
  • 本記事のまとめ

休業期間中の賃金-法律上の仕組み

前提として、休業期間中の賃金につき、法律上のルールをご説明します。

1. 労働基準法のルール

まず、労働基準法26条には、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」との定めがあります。

この「使用者の責に帰すべき事由」は非常に広いものと解されており、地震・台風等の震災を除き、単純な経営難等はこれに含まれる(=休業手当の支払義務が発生する)と考えられています。

非常にざっくりと言いますと、「会社側の事情で労働者を休業させるなら、最低でも6割分の賃金は払いましょう」、というルールです。

今回の新型コロナウイルスに関しても、労働者の休業が、「会社側の事情」なのか、それとも「不可抗力」なのかが問題となります。

2. 民法のルール

労基法だけでなく、民法上も、休業期間中の賃金に関する条文が定められています。

民法536条2項は、「債権者(=会社)の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなった(=仕事ができなかった)ときは、債権者は、反対給付の履行(=給与の支払い)を拒むことができない。」と定めています(括弧は筆者が記載したものです)。

民法上は、6割ではなく、10割の支払義務(原則)となるため、給与全額を支払う必要があります。

例えば、労働者を解雇したものの、その解雇が法律上無効であった場合には、「本来仕事ができたはずが、会社の違法な解雇により働けなかった」こととなるため、解雇期間中の賃金が請求できます。これは、民法536条2項を理由とするものです。

労基法も民法も、「責めに帰すべき事由」という文言自体は一緒ですが、民法の方が狭く解されており、労基法上は「責めに帰すべき事由」に該当するものの、民法上は該当しない、というケースも多くございます。

3. 労基法と民法の関係性

以上の通り、休業期間中の賃金について、労基法と民法とで定めがありますが、それぞれ、下記の通り、①会社が責任を負うべき事由、②責任を負うべき範囲(金額)について違いがあります。

①会社が責任を負うべき事由の広さ

労基法26条> 民法536条2項
※労基法26条の方が広く解されており、会社が責任を負う場面が多くなります。

②責任を負うべき範囲(金額)

民法536条2項(10割)> 労基法26条(6割)
※労基法26条では6割(最低)ですが、民法の適用場面では10割となります。

ケース1-労働者が新型コロナウイルスに感染した場合

1. 感染者の賃金について

2月1日付で、新型コロナウイルス感染症が指定感染症として定められたため、労働者が新型コロナウイルスに感染した場合には、都道府県知事が就業制限、入院勧告等を行うことができます。仮に上記の就業制限・入院勧告がなされた場合には、休業手当を支払う必要はありません(Q&A-4-問2)。

なお、ここでは割愛しますが、業務又は通勤が原因(医療従事者等)で新型コロナウイルスに感染した場合には、労災保険が適用される可能性もございます(ただし感染経路の確定は容易ではないでしょう)。

では、就業制限・入院勧告がなされなかった場合はどうでしょうか。昨今の社会情勢に鑑みると、このような事態は考え難いですが、一応記載します。

この点については、Q&A上も記載がありませんが、まず、労働者が自主的な判断で休業する場合には、当然、休業手当支払う必要はありません。

また、仮に労働者に出勤の意思がある場合でも、現にコロナウイルスに感染している以上(症状がある以上)、十分に就労するのが困難と判断し、出勤を拒否することは合理的と考えます。したがって、そもそも就労が不能であるとして、休業手当を支払わないという判断も、問題ないと思われます(私見)。

ただし、休業手当を支払わない場合であっても、労働者の希望があれば、有給休暇として処理することは可能ですし、条件を満たせば、傷病手当金を受給することもできます。

2. 他の従業員(濃厚接触者等)について

この点、明確な指針等は発表されておりませんが、会社内での感染拡大防止のため、当該事業所の一時休業や、濃厚接触者の自宅待機等を行う必要があります。

濃厚接触者等の自宅待機期間中の賃金は、①行政等の指示・要請に基づく休業・自宅待機の場合には、不可抗力による休業と言えるため、休業手当の支払義務はないと考えてよいでしょう。ただし、この場合であっても、在宅勤務による就労が可能な場合には、後記ケース4のように、休業手当の支払義務が発生する可能性があります。

他方、②会社が自主判断で休業・自宅待機させる場合には、不可抗力とまでは言えず、6割(以上)の休業手当を支払う必要性があります。

ケース2-労働者が新型コロナウイルスに感染した可能性(自覚症状)がある場合

  1. ケース1とは異なり、労働者が微熱・咳・嗅覚障害等、何らかの自覚症状を訴えている場合には、どのような対応を取るべきでしょうか。
  2. まず、上記症状により、労働者が自主的に休む場合には、通常の病欠と同様、休業手当の支払義務は必要はありません。ただし、この場合であっても、労働者の希望があれば、有給休暇で対応することも可能ですし、条件を満たせば、傷病手当金を受給することもできます。
  3. では、感染予防等の観点で、会社側が自宅待機を命じる場合はどうでしょうか。
    この点、Q&A上は、「「帰国者・接触者相談センター」でのご相談の結果を踏まえても、職務の継続が可能である方について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、一般的に「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。」との記載があります(Q&A-4-問3)。

したがって、少なくとも通常の賃金の6割分(労基法26条)については、休業補償を支払った方がベターと考えます。この場合も、労働者に有給の利用を推奨し、労働者の意向に応じて有給として扱うことは、問題ありません。

なお、ケース1で記載したのと同様に、そもそも発熱等の症状があり、十分に就労をするのが困難と見受けられる場合には、出勤を拒否することも合理的であり、会社が休業補償の支払いを免れる余地もあります。

ただし、最も重要なことは、「労働者が無理に出勤して、社内で感染が拡大することを防止する」ことですし、この期間の賃金を巡り、労使で紛争となり、労働者の退職に繋がることは避けなければなりません。したがって、会社としてどのような対応を取るべきかは、対象となる労働者の人数、性質、具体的な症状等を踏まえ、慎重に検討すべきと考えます。

ケース3-小学校等の臨時休校により労働者が出勤できない場合

  1. 会社側の事情による休業には当たらないため、休業手当を支払うべき法的義務はありません(既に記載したとおり、労働者の希望があれば、有給休暇で対応することは可能です)。
  2. ただし、このような休業に関しては、新たに助成金が設けられることとなりました(詳しくは厚生労働省のこちらのページをご覧ください)。会社としても、下記助成金の活用等により、労働者の不利益防止を図ることが望ましいと言えます。
厚生労働省HP 「小学校等の臨時休業に伴う保護者の休暇取得支援のための新たな助成金を創設します」

対象となる労働者

下記1又は2の子の世話を行うことが必要となった労働者
※正規・非正規を問わない

  1. 新型コロナウイルス感染拡大防止策として臨時休業した小学校等(小学校・特別支援学校(高校まで)・放課後児童クラブ・幼稚園・保育所・認定こども園等)に通う子
  2. 風邪症状など新型コロナウイルスに感染したおそれのある、小学校等に通う子

事業主側の要件

令和2年2月27日~6月30日までの間において、上記労働者に対し、労働基準法の年次有給休暇とは別途、有給(賃金全額支給)の休暇を取得させた事業主

支給額

休暇期間中に支払った賃金相当額の100%(ただし8330円が上限)

なお、「労働基準法の年次有給休暇とは別途、有給(賃金全額支給)の休暇を取得させた事業主」という要件には注意が必要です。労働者が現に保有している有給休暇を利用して休業した場合には、上記助成金の対象とはなりません。仮に上記助成金の利用を検討する場合、会社としては、既に付与している有給とは別に、特別休暇的な形での休暇(賃金は全額支払う必要)を与え、これを利用してもらう必要があります。

ケース4-緊急事態宣言の要請等により休業せざるを得ない場合

1 先日発令された緊急事態宣言を受け、いくつかの業種・イベントを対象に、休業要請がなされることとなりました。
千葉県においても、大学、映画館、スポーツクラブ、図書館、学習塾等、一定の業種に対し休業要請が行われています(対象業種等については千葉県のHPをご参照ください)。

千葉県HP
「新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく新たな措置内容について」

2 このような行政側の休業要請に基づき労働者を休業させる場合、休業期間中の賃金はどう考えるべきでしょうか。
当初は、「緊急事態宣言による休業要請に応じ、労働者を休業させる場合にまで、会社に休業手当の支払義務を課すことは困難」という旨の報道もありましたが、Q&Aに記載のある通り、①在宅勤務等の方法が選択できないか、②他に就労させる業務が存在しないか、といった要素を、具体的な事案毎に検討する必要があります(Q&A-4-問7)。

上記①②のいずれも困難ということであれば、当該休業は「不可抗力」に基づくものといえ、休業手当の支払義務は負わないものと考えます。

3 勿論、会社の経営状況にもよりますが、労働者の生活や、事態終息後の就労意欲を考えると、本来的には、「休業手当を払う方が望ましい」というのは間違いありません。
この点、「経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業手当に要した費用を助成する制度」として、雇用調整助成金というものがあります。
元々活用されていた助成金でしたが、今回の新型コロナウイルスにより、支給要件等が緩和(生産指標要件の緩和、計画届の事後提出がOK、残業相殺の停止等)されることとなりました(詳しくは厚生労働省のHPをご参照ください)。ただし、申請から実際の支給までは相当程度のタイムラグが存在するため、現状の資金繰りに窮している会社においては、有効活用が難しいという課題があります。
なお、助成金は社会保険労務士の専門分野ですので、もし雇用調整助成金のご利用を検討する場合には、お知り合いの社会保険労務士の方にご相談されることをお勧めします。

厚生労働省HP 「雇用調整助成金」

ケース5-自主的に休業をする場合(売上減少・感染予防等)や、取引先の臨時休業・キャンセル等により休業せざるを得なくなった場合

1 労基法上の「使用者の責に帰すべき事由」が非常に広く解されていることからすると、休業手当の支払いを免れるのは困難と考えます。

2 Q&A上、「休業手当の支払いについて、不可抗力による休業の場合は、使用者に休業手当の支払義務はありません。具体的には、例えば、海外の取引先が新型コロナウイルス感染症を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合には、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要があると考えられます。」との記載もあります(Q&A-4-問5)。
場合によっては、休業手当の支払義務を免れる余地もあると解されますが、労働者への影響も非常に大きいため、弁護士、社会保険労務士等の専門家に相談し、慎重に対応を検討することをお勧めします。
現状の対応としては、①休業手当を支払う方向で検討する、②労働者に有給休暇の利用を推奨する(ただし強制はできません)、③①②が難しい場合には、専門家に相談の上、休業手当を払わない方向で進められないかを検討する、という方向性にならざるを得ないかと思います。
場合によっては、人員整理(整理解雇・退職勧奨等)も検討せざるを得ません(この点は別の記事で記載する予定です)。

本記事のまとめ

 いくつかのケースに分けて、新型コロナウイルスと労務管理(休業中の賃金)の解説を行いましたが、実際には、上記ケースに分類することが困難な事案も多く存在します。

また、あくまでも「法的な」見地から記事を書きましたが、実際にどのような対応を取るべきかは、会社の規模、従業員数、経済状況等により異なります。

お困りの企業様は、是非一度、ご相談いただければと存じます。

文責:弁護士 村岡つばさ

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※上記記事は、本記事作成時点における法律・裁判例等に基づくものとなります。また、本記事の作成者の私見等を多分に含むものであり、内容の正確性を必ずしも保証するものではありませんので、ご了承ください。